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「共感」が正当化に使われる。(「きょうかん」がせいとうかにつかわれる)

共感し合える関係のほとんどは、自分を生かさない。わかり合えるし、認め合える。でも「生かす」こととは関係がない。が同時に、「これが私」「自分を生かしている」「私には仲間がいる」などという正当な正当化の理由によって自分を殺す。よく殺す。だから共感は自分を生かすと錯覚され、自分を生かしていると勘違いする。