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卓越した接客とは?

「素晴らしい接客者」と「卓越した接客者」のイメージ像


素晴らしい接客者は、そう頻繁に見かけるわけではないけれども、イメージすることは難しくない。

たとえば私がよく利用するレストランでは、店員の何名かが私の顔と名前を覚えてくれている。
私が肉類を食べないことも記憶に留めてくれていて、注文した料理からさりげなく肉を省いたり、他の食材に変えてくれていたりする。
笑顔で接してくれ、以前話した話題を覚えてくれている。

他にも、我が家の犬をトリミングするお店では、トリマーが飼い主(私)の意向を覚えていてくれ、トリミングやシャンプーが終わると、その犬に合ったスカーフや小物で爽やかにアレンジしてくれる。

あるいは、数回しか訪れたことのないお店で領収書の名義を覚えていてくれたり、衣料品店で服を見ているときは距離感を取り、いざ試着をしたくなったときにタイミングよく声をかけてくれたりする接客者もいる。

そうかと思うと、依頼の要件を迅速に処理してくれ、こまめに報告の電話を入れてくれる社会保険労務士がいれば、宅配便の電話担当者で未だどこに送るかが決まっていない荷物の配送に対して、懇意に相談に乗ってくれる接客者もいる。

彼らは全て「素晴らしい接客者」である。
素晴らしい接客者にサービスを受けると、それを受けた人は幸せな気持ちになる。あの人に(あのお店で)サービスを受けて本当に良かったと安心できる。
これが素晴らしい接客で、このような接客者はめったにいないにしても、実際に経験したことがある人も多いのではないかと思う。

素晴らしい接客者に共通しているのは、彼らは一様に「お客を不満足にさせない」ということである。
そしてそれだけではなく、かなり高い確率でお客に喜んでもらうことができ、時に満足してもらい、感謝してもらうことがある。

1人の人間として気持ちの良い笑顔をする人が多い傾向にあるし、話をするのも人の話を聞くのも好きだという人が多い。
お客に喜んでもらうことができれば自分も嬉しく思うという心持ちの人は少なくないし、お客が今何を望んでいるのかを敏感に察知して、それが問題であれば解消し、欲求であれば満たすことのできる「素晴らしい接客者」も数は少ないが確実にいる。

つまり「素晴らしい接客者」はやはり素晴らしいのであり、悪く言うことは難しい。
そのような接客者を捕まえて不満を漏らせば、言った方の人間性が疑わる。
彼らは言わば一流の接客者であり、一流の接客者に支えられたサービスは、限りなく一流のサービスに近い。

しかし、一流はどこまでも一流であり、超一流ではない。
卓越した接客者は、超一流の接客者である。

超一流という言葉を聞くと、私たちは1人当たり3万円の超高級レストランや、1泊最低5万円のラグジュアリーホテルを思い浮かべてしまう。
あるいは、伝統的な老舗をイメージするし、気取った婦人や葉巻を吸う紳士がいるのではないかと身構える。

それはしかし、価格帯と顧客層が高額所得者たちを対象としているだけであって、それがそのままイコール超一流の接客というわけではない。
高級であるか低価格であるかは「卓越した接客者」を生み出すこととは関係ない。

しかし卓越した接客者を定義するのは思いのほか難しい。

企業を調査するのであれば、たとえば創業50年以上の企業、一部上場企業、年商100億以上の企業などと定義して、比較することができる。
もしくは業種業態別に比較することもできるし、従業員の人数で分けて規模を合わせることもできる。
ある程度の段階まで数字を基準に判断することができる。

しかし接客者を数量で判断するのはほとんど不可能に近い。
勤続年数、年収、年齢などで接客者の質を測ることはできない。

それではということで、18の質問によるアンケートによって、比較と傾向を調査しようと試みようとした。数量ではなく、考え方や実行動などを集計によって判断しようとした。しかし最も初期の段階でそれは不可能であるということを悟らざるを得なかった。

なぜならまず、提供するサービスと企業のコンセプトによって接客者教育が変わり、それによって仕事の何に価値を置くかがバラバラだった。比較や統計の前提を満たすことができなかった。

さらに、接客の仕事を3つの種類に分類できるということを既に書いたが、それぞれの仕事によって重視することに大きな違いが生まれた。
仕事によって分類し、比較すると「接客者」ではなく「接客の仕事」を軸にしなくてはならなくなった。

最後にこれが最も大きな理由で、アンケートは「卓越」「素晴らしい」を判別するためのものではなく、卓越と素晴らしいの「差」を知るためのものだった。
しかし、これは後に明らかになったのだけども、「卓越」「素晴らしい」の間には、生き方や個人の物事の捉え方、感性などが深く関わっており、またそれを自覚していない人もいて、それをアンケートで明らかにするには無理があった。

それでも卓越した接客者は確かに存在するし、素晴らしい接客者と差があるという「結果」だけはわかっていた。
それはあたかも、数式の答えだけが示されている数学の問題のようなもので、xやyを導き出す方法を探すところ(公式探し)からはじめなくてはならなかった。
数字によって定量的に測ることができず、アンケートによって統計でも調査できないとなると、最後の手段としてやむを得ず、私自身の経験を使うことにした。

この方法は、この本のような「法則」を導き出す時に最も避けるべき方法であると今も思う。
そもそも経験は「自分の」経験であって、それは偏りを生み出す。
個人の意見を発信するのは自由だと思うが、物事の正しさを語るときに個人の意見は必ずしも必要とされるわけではない。
必要なのは真実である。
そこで私は、主観が偏りを生み出さず、限りなく公平にするための方法をいくつか実行することにした。
さらに、それでも偏りが生まれる場合に備えて、もう1つ別の手を打つことにした。

公平にするために私はこのような4つの方法を取った。

まず、誰か1人の接客者を捕まえて「この人は卓越した接客者であって、素晴らしい接客者ではない」と判断をするのに、その接客者の提供しているサービスの背景とスキルを熟知しているか、徹底的に学ぶことができるものにした。
そして自分もそのサービスに対して綿密な知識と経験を得ており、何が正しく何が間違っているかを正確に判断できるレベルになるように努めた。

たとえば、卓越した接客者の1人にオステオパシーという技術を使って体を治療する先生がいる。
その先生に出会ったのは私が28歳の時だった。
私は18の頃から東洋医学と食餌療法を独学で学び、20歳前に菜食主義を1年試みていた。
また20歳からこの先生に知り合う28歳までの8年間、肩こりと強烈な偏頭痛に悩まされていた。
これに対して様々な漢方薬、マッサージ、針治療、整体などを試し、治療を受けるお客として知識を高め、経験していた。

このようなバックグランドに約10年の知識と経験があり、かつこの先生と知り合ってから(肩こりと偏頭痛は嘘のように完治した)、オステオパシーの技術と体のメカニズム、内臓の役割と関係性などを勉強し、実生活では菜食中心の食生活に戻ったことをはじめとして生活習慣を変えた。
私自身の知識と経験が、接客者を正確に見極めるために必要なレベルにまで高まっている前提で、オステオパシーの先生を卓越した接客者であると判断した。

このトピックスでは、卓越した接客者として4人をモデルとしている。
その4人全てに対して、オステオパシーの先生に対するのと同等の知識と経験が私にあることを前提にした。
卓越した接客者であることは明らかでありながらも、私自身に知識、経験、判断材料、情報が不足している接客者は全て対象外とした。

次に、卓越した接客者にはインタビューを行った。
インタビューの内容は先に作った18の質問からなるアンケートをベースにしたものの、質問は相手の状態や重視することに合わせて行った。
私の仮説中心の理論ではなく、インタビューによって卓越した接客者にだけ共通したポイントに着目することで公平さを意識した。

ただしこの方法はある欠点があった。
物事をうまく行う人の統計や共通点は、確かに私たちに大切なことは何であるかを教えてくれる。
しかし、それはエキスの抽出であり、サプリメントでしかない。
6と8の最大公約数は2なので、2が大切なエキスであると言っていることになってしまう。
確かに2は両方の要素を満たして大切だが、それだけでは6も8も形作られない。

そこで、アンケートの共通項を元に「卓越した接客者」に共通するポイントを明らかにすると共に、なぜそのような共通項が現れたのか、彼らがそのポイントをどのように応用したのか、などの解明と解釈は私が仮説を検証して法則化した。

さらに、私が「卓越した接客者だ」と感じてから、その人の提供するサービスを3年以上受けているか、3年以上の人間関係があることを前提とした。
期間を条件に組み込んだのは、判断に十分な時間をかけたかどうかということと共に、その接客者が普遍的に卓越しているのか、それとも一瞬だけ卓越したのかを判断するためである。

実際にはサービスを直接受けたことがなく、私個人と人間関係によってつながりがある接客者は、これまでの付き合いの中で接客に対する考えや実績を深く伺い知ることができ、実績を示したということが明らかな人に限定した。そうでない人は除外した。

これらとは別に、接客者の調査は現役に限定した。
過去、接客者として活躍し、現役当時に一定の評価と実績があった人であっても、現在は接客教育などを行う立場にいる人は除外した。

これは、接客教育やコンサルティング、経営者に従事している元接客者に、教育者、アドバイザー、マネジメントの能力が含まれていることを意味する。
別の能力を持つ人には、その能力を兼ね備えた視点での接客の考え方があり、その考え方は純粋な接客の違いを判断するのに混同する恐れがあるため省くことにした。
公平な判断のために、以上の4つの条件を設けた。

それでも偏りが生じる場合に備えて、私の視点がどのようなものであるかを先に知ってもらうことにした。
それを、このトピックスの残りを使って全体像と共に紹介していく。

まず、私が「卓越した接客者」の存在を知るようになってからのストーリーと、ここで取り上げる卓越した接客者がどのような人たちであるかの解説をしておこうと思う。
読者の皆さんは、私の考え方、物の見方の中から主観であると感じたところを差し引いて読み進め、真実を見出してもらえればと思う。

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