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この言葉をよく使う人

「難しい」


「難しい」を多用する人

「課長、このプランを試してみてはどうでしょうか」
「それは難しいね」

「奥さんと良く話してみたらどうですか?」
「うーん。それは難しいな」

というように、
「難しい」という言葉は、否定語として使われます。


「難しい」を多用する人の心理

「難しい」は、否定するときに使われますが
この言葉は完全否定ではありません。
「難しくて可能性は低いから、かなり無理があると思うよ」という
ニュアンスを残したまま否定的に使われます。

ということは、この言葉を多用する人は、
「できない」とはいえないけれども
常にこの言葉を使うことで「否定」することに慣れている人
だと見ることができます。

完全否定しないのに、否定するのはなぜか。
これは感情面と理屈の2つの理由があります。

完全否定しない感情面の理由は
「拒絶してしまうと人間関係に問題が生まれる」という臆病さの表れであり、
理屈面の理由は
「完全否定して責任を負うことはできない」という責任回避の理由と
「完全否定をして、それが覆されると面子が立たない」という自信喪失の理由の
2つの理由があります。

どの理由にも共通しているのは
自分が攻撃されるような状態は御免こうむりたいということです。

ところが現実的な行動は
「難しい」ということで物事を進めることを高い確率で拒否しています。
自分が攻められることは避けたいという心理は、
新しいことを行うことで、失敗して責められたくないという心理にも通じます。

言葉の背景にある心理と、行動が(本人にとって)矛盾しないのは
この「責めを避ける」という心理が根底にあるからです。

「難しい」を多用する人は、その言葉を使うとき、
人間関係、責任、自信などにダメージが加わらないと共に、
新しいことを行って未来に悪影響が生じないようにもする、
という2つの状態を一気に手に入れることに(見かけ上)成功しています。


「難しい」を多用する人の傾向

自分が攻撃されることを避ける、という心理がたくみに働くことで
現在と未来の失敗を避けるためのフレーズですから

・積極的ではなく消極的
・挑戦的ではなく保守的

という基本的な姿が見えてきます。

「難しい」を多用するようになると、
最初は自分が避けたい物事に対して「難しい」と言っていたのに、
いつの間にか「やらない」イコール「難しい」という状態になります。

「難しい」は本来、自分(たち)が行動するには困難が伴うという使われ方をしますが
この言葉を多用する人は「やらない」という結果を取るために「難しい」を使います。
その結果、客観的な分析や状態をありのままに見たときの判断で使われる「難しい」が
主観的に物事を避けるために利用される「難しい」に摩り替えられるようになります。
頭のいい人は、それがいかに、どう、難しいのかという理論を上乗せします。

この言葉を多用する人は、積極的な行動に不向きなので
企画や営業にこのタイプがいると仕事上苦労することになります。
このタイプが上司なら部下はかなり「難しい」状況に立たされます。

「難しい」を多用する人は、根底に自分への責めを避ける心理があるので
逆に自分への賛同や評価に対しては敏感に反応する人がいます。
褒められると過剰に反応したり、
飲みに行った席で自分の自慢話をしたがる傾向のある人は
『いいことを言われるのが好きだが、悪いことを言われると過剰反応を示す』タイプで
『実はたいした実績もないのに、話術や他者の基準で自分を持ち上げようとする』
傾向の持ち主であることも少なくありません。

といって、じめじめとした暗いタイプではなく
明朗な性格の人にも当てはまることがあります。
性格上、明るいか暗いかはあまり関係ありません。

また、この言葉を多用する人の中には
「みんなが言っていること」と「噂」を重視する傾向があります。
理由は異なります。

「みんなが言っていること」を重視するのは、それが「難しく」ない可能性が高いからで
自分以外の人が行っているため、心理的に責任の分散が可能になるからです。
自分の責任だと思わなくて済む状態が手に入ります。
もし「みんなが言っていること」を実行してうまく行ったら、手柄は自分に。
うまく行かなかったら「自分は賛成しなかった」「だから言ったのに」というのは
この言葉を多用する人の特徴です。

「噂」を重視するのは、自分が責められることに敏感なためです。
自分は人間関係でも「拒否」をしない(と思い込んでいる)。
なので、悪い噂は立たない。
悪い噂が立つということは(みんなが言っているということは)、
本当に悪いからに違いない。
という強引なロジックがその人の中で成り立ちます。

こういうタイプの周囲には、やはり同じタイプの人が集まりやすいので
(つまり保守的な人が集まりやすい)
積極的な人や行動的な人は、あまり良くない噂の対象になります。
そんなとき
この言葉を多用する人は、自分の判断基準に照らし合わせて
「やはり噂を立てられる人(つまり積極的な人)はよくない」と判断し
省きにかかるという傾向があります。


「難しい」を多用する人との付き合い方

まず、相手を責める(と受け止められる)発言は控えた方が無難でしょう。
逆に認めすぎると自分の陣地に属したと捉えられることもあるので
それもあまりオススメできません。
一度自分側だと判断されると、その後ちょっとした否定を行っただけで
「裏切り者」と決められることがあります。

特に「思考」「分析」などは評価も否定もしない方が無難です。
また「人間関係」「コミュニケーション」に関しても同様。

つかず離れずの関係を維持できるなら
「趣味」や「今日のできごと」など無難な話で盛り上がる方がいいでしょう。

近い距離で付き合う必要があるのなら
相手から「難しい」と言われそうな状態を避けたほうが無難です。
仕事などの関係でそれが難しいのなら、
相手が「それいいね」「やってみようよ」というシチュエーションをよく検討して
そう言ってもらえるように発言を工夫する必要があります。

この言葉に限らず、
ある特定の言葉を反復して言う癖のある人は、
反復しているうちにその概念が身についてしまいます。
「難しい」と言わせないシチュエーションに導くのも
結局は自分を楽にします。

この言葉を多用する人はしかし、
「難しい」(否定)が続くと、だんだん不安にもなってきます。

タイプによって対応は違いますが、
不安になったときに「笑ってごまかしたり、飲みに誘ったり」するタイプは
観察が目的で、うまく笑ってくれたり、誘いに乗ってくれたら
だいじょうぶだと判断します。
賛同していい場合は安心させてあげ、賛同してはいけない場合は
少し突き放した(突き放しすぎない)対応をした方がいいでしょう。

思いやりがあるタイプの人なら
時間を取って説明をはじめたり、感謝していることを言い出す傾向があります。
これまでのマイナスを前向きに取り返そうとする心理が働きます。
こういったときに「じゃあ積極的にやりましょう」と蒸し返すと
相手を追い込むことになるので、やめておいた方が無難です。
そういう状態になったら、一通り話を聞いた上で
「自分の考えはこうです」「あなたの言っていることもわかります」という前提を作り
お互いの意見が一致しているところと、一致していないところを確認します。
事実としてどこに整合性があるかを伝え、
コミュニケーションによっては物事は解決しないことを暗に伝えます。

もしどうしても譲れないケースになった場合は
対立を避けることができません。
この場合は

「難しいということは、不可能ではないということですね」

と切り返す必要があります。
つまり「あなたは難しいと分析したけども、無理とは言わなかった」と
まず断定します。

次に、難しいポイントが何かということを相手に言わせてはいけません。
「何が難しいと考えましたか?」と質問すると
難しいことではなく、不可能なことが返ってきます。

何が難しいかということは、こちらから難しい順に項目を並べて
それぞれに対しての対応策を明確に示します。
そして「だから決して不可能ではない」と明言します。
これは「だから決して難しくない」という発言をオブラートに包んだものです。

このタイプが恋人なら、
消極的につつましい幸せもあるんだと考えることもひとつの方法です。
明るいタイプであるなら、新しいことを経験させるのもいいかもしれません。

ごまかしには真っ向から対立するのではなく、
意見の違いがあるということは明瞭に伝えた方がいいでしょう。

なるべく「難しい」と発言させない場を作る工夫をしてあげた方が
うまい関係を築けると思います。
「難しい(不可能)」だと思っていることから手をつけるのではなく、
難しくもなく、不可能でもない物事から一緒に取り組むようにします。

また、可能ならそれとない訓練を行います。
火事になると人はパニックになりますが、消防訓練を行っていればどのように
対応していいかがわかります。
はじめての火事でも危険を減らすことにつながります。
相手が「難しい」と発言するようなシチュエーションの中で
「やってみたら意外と難しくなかった」という物事から取り組んでみる(慣らす)と
相手の「責められたくない」気持ちも軽減され、関係も良好に向かうでしょう。


「難しい」の多用を変える

「難しい」を多用する人は、自分の責任を回避したい人です。
大きな対応は2つあります。

1つは「難しい」と発言せざるをえないような、『自分に合っていない』責任を受けないか、止めることです。
人は誰でも、自分の身の丈に合ったポジションがあります。
できないからといって、無能なわけでも責任感がないわけでもない、ということがあります。
そういう場合は求められる責任に対して、自分の特性が合っていないので
合っていない物事は避けることが最も効果的です。

もう1つは、判断基準を他人に委ねることです。
自分で判断すると「難しい」(=やらない)となってしまうので、
他人の意見ややり方によく耳を傾けて、まずはその通りにやります。
不安は残るでしょうから、
どのように行うのか、どのようなときに協力してもらえるのかということを
はっきりとさせておきます。
ただし、不安から来る感情を発散すると相手も協力的ではなくなるので
具体的に何を行うのかということをはっきりさせることです。

特に失敗しても大きな被害が生まれないものから取り組みます。

習慣的には、
まず「多くの人が言っていること」「噂」などの情報を遮断することです。
ネットでニュースを読むとき、芸能人の浮気発覚というような記事や
最近のトレンドはこれだ!というような流行になるべく接しないことです。

代わりに
本を読むなど、情報の広さではなく深さを求めるようにスイッチします。
自分の中にある、責められることを避けるために行っていた情報取得を
自分の中の根源がどこにあるのかということを探す情報取得に変えます。

言葉面では、
「難しい」と言ってしまう場面に遭遇したら現状や考えを説明して
「こういう状況(思考)なんだけど、それでもできるかな?」
「何かうまくできる方法ってあるの?」
と聞くようにします。

相手がアドバイスや発言をし、話し合った上でまだ納得できないなら
「その方法はなんとなく自分に向いていない気がするので一度保留にする」
「他に何か考え付くプランやアイディアはある?」
と聞くようにします。

物事の視点を、「難しい」と言っていたときは「やらない」方向にあったものを
相手に質問して解答を促すことで「やる」方向に変えます。
結果的に「やらない」結論になったとしても、
具体的に熟考した結果の「やらない」は、
心理反応として避けるために「やらない」とした結果とは異なります。

言葉を変えることで、元々持っている自分の性向を
「責められないため」から「正しい評価をされるため」に
シフトすることができるようになるでしょう。

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