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第3の扉 - 一流の顧客

ガチョウと金の卵の関係


ガチョウと金の卵の関係である、卓越した接客者と一流の顧客の関係は、必ずしも密接であるとは限らない。
むしろさほど関係が深くないことも珍しくない。

ガチョウは金の卵を産み、金の卵はガチョウを産む。
しかしガチョウはガチョウであって金の卵ではない。金の卵も同様にそれは金の卵であってガチョウではない。
卓越した接客者は一流の顧客になることができる条件を備えていながら一流の顧客ではなく、一流の顧客が卓越した接客者であることはほとんどない。

この近くて遠い不思議な関係はなぜ起こるのか。

一流の顧客に耳を傾けない

卓越した接客者は皆一様に、サービスに関して一流の顧客の意見を聞こうとしない。
本来であれば一流の顧客こそサービスと接客を正しく理解しているだろうし、彼らの声に耳を傾けることはもはや必要不可欠とすら思える。
しかしそれを行わない。

提供するサービスによって差はあると思うが、これには理由がある。

まず卓越した接客者はサービスを完璧に提供することと、自分の力を総動員してお客のニーズを見抜き応えることで接客を提供するので、サービスに関してほとんど彼らの意見を聞く必要がない。
ある意味、その完全性を求めてお客はサービスを利用しているのであり、お客の側に意見をする理由が見当たらない場合もある。

また一流の顧客の中には、卓越した接客者を見分けながら、しかし素晴らしい接客者こそ接客のあるべき姿だと考えている人がいる。
卓越した接客者はそのような意見を取り入れるわけにはいかず、しかし耳を傾ければ無視するわけにはいかなくなるため、はじめから聞かないことにすることもある。

さらに、卓越した接客者は一流の顧客を、「私がニーズを見極め、指摘したことをを完璧に行う人」であると考えている。
広い意味での一流の顧客ではなく、自分のサービスを利用する上での一流の顧客と考える。
この考え方だと、耳を傾けるのはサービスを利用するお客であり、提供者である接客者ではないということになってしまう。

実際に卓越した接客者が一流の顧客に耳を傾けてわかることといえば、客観的に見て自分がどのような喜びをもたらしているかということくらいしかない。

もちろんこの意見をヒントにして強みを発掘することはできる。
しかし一流の顧客が指摘するものの中に含まれる強みは、既に発揮しているものであることが多い。
その強みを発揮しているからこそ、一流の顧客が気づき、支持していると考えた方が自然である。

このような理由から、卓越した接客者の多くは一流の顧客に耳を傾けない。
彼らが仮に耳を傾けるとすれば、より完璧に近づくために別の卓越した接客者に話を聞くだろう。

卓越した接客者は一流の顧客にならない

世の中で一流の顧客である人を除けば、卓越した接客者ほど一流の顧客になるもっとも近い場所にいる人はいない。

卓越した接客者は基本的に、一流の顧客が知っている3つのことをほとんど知っている。
彼らも他の人と同じように毎日何かしらのサービスを受けながら生活している。
一流の顧客になる機会は山ほど転がっている。
しかし彼ら自身は一流の顧客になることはほとんどない。

役者が観客席から演劇を見ることや、修行中の料理人が休みの日に自腹を切って自分が働く店で料理を食べるということはある。
しかしそれは、自分の実力を上げるためにお客という立場に身を置いてみるのであって、一流の顧客になることを目的にしているわけではない。
彼らが普通にレストランで食事をするときや、デートで映画を見る場合も同じで、彼らはお客として経験を重ねようとはしない。

卓越した接客者はそもそも強みを軸に行動しているので、強みの部分に限っては仕事とプライベートを分けない。
強みを軸にしていると、人の思考パターンや感性は強みを中心に回転していくようになる。
どこかのレストランでサービスを受けても、お客として感じることを優先するのではなく、強みに結びつくヒントに気がつくことを優先するようになる。
そうであるからこそ、卓越した接客者は卓越者になることができる。

一流の顧客は、彼らを一流の顧客にする強みを持ち合わせている。
その強みが彼らを一流の顧客にし、卓越した接客者にはしない。
物事をよく観察できてしまう力や公平に正しく評価できてしまう力は、卓越した接客者になるためにはほとんど意味を持たないが、一流の顧客になるためには絶対的な力を発揮する。

しかし事業が接客者とお客という2種類の「人」を必要とするように、素晴らしいサービスを提供する事業は、卓越した接客者と一流の顧客の両方を必要とする。

卓越した接客者はサービスの視点から事業を作る。
一流の顧客はマーケティングの視点から事業に必要な問いかけを行う。
両方に支えられたサービスは、素晴らしい価値を世の中に生み出す。

東京に二店舗を展開するあるレストランでは、事業としてサービスを提供する以前から卓越した接客者と一流の顧客が一緒になってコンセプトを作り、サービスをはじめた。
卓越した接客者は接客の道のプロであり、たとえば一度のオーダーを取るのに立ち位置を数度変えるなど、それ自体はお客に満足をもたらすわけではないが、サービスを完璧に提供するために必要なあらゆる手段を駆使する。
理想のレストランを立ち上げるのに彼の存在は必要不可欠だった。

しかし注目すべきはこのレストランのオーナーで、彼は一流の顧客だった。
国内外の定評の高いありとあらゆるサービスを経験することに時間とお金を費やした。
レストランが開店してからも、お客に挨拶をしながらオーナーの役割を果たし、同時に自腹を切って毎日自分のレストランで食事をした。
あるお客や別のお客に混じり、会話を交わしサービスを楽しむことを続けた。
そして彼の経験と感覚は、サービス提供者である接客者の視点からだけでは決してもたらされなかったであろう要求を突きつけた。
つまりそのレストランの「顧客」満足を定義した。

そして今や、1週間前にこのレストランの予約を取ることはきわめて難しい。

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