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クレームが功を奏さない4つの理由


そうはいっても、接客者はお客の声に耳を傾けるべきだし、お客のニーズに応えるべきだ、などと考える人は多いと思う。
事実、サービス業の多くはクレーム対応を行うし、接客のベテランの中には「そのような声こそありがたい」と考える人もいる。
クレームにサービスを改善するヒントがあるとしている。

しかし実際には、教訓めいてそういうことを言わなければならないほど、クレームは心に届かない。
その理由は4つある。

まず、サービスの効用が合っていないためにクレームを発信する人がいる。
たとえば、ビジネスホテルに泊まりながら、ラグジュアリーホテル並のアメニティや部屋の広さを希望するお客がクレームを出すとき、間違いはお客がそのホテルを選んでしまったことにある。
サービスの不備にあるのではない。

いわゆる勘違いのクレームで、サービス事業者にとっては改善するところがないので耳を傾ける必要がないばかりか、ビジネスホテルのサービスを求める他のお客へのサービスがないがしろになるので、このようなクレームは迷惑以外の何者でもない。

次に、自分の思い通りにしたいために文句や脅しに近い要求を行うという、自己中心的なクレームがある。
そのクレームに応えてしまうと、そのサービスは強く言えば思い通りになるサービスとなってしまう。
ルールを守るお客が損をし、無法者が得をすることになってしまう。
サービス提供者は、、サービスの信用を守るためにそのようなクレームには応えることはできない。

さらに、人間生理も少なからず関係する。
文句を言い続ける相手に、親身に接しようとする態度には限界がある。
私たちもいち人間関係を鑑みればわかるように、自分の思い通りにならないことに腹を立て、相手に命令するだけの人に協力しようとは思わない。
これはどのようなベテランの接客者も同じである。

なぜなら接客者の役割はサービス提供とお客のニーズを一致させることであって、お客のわがままに応えることではないので、サービスが約束できる範囲で努力をする。
それを超える要望に対しては、たとえ検討の余地がある場合も、サービスのルールを盾に現在の問題を早く切り上げようとする。
そうしなければ、その接客者のサービスを待っている他のお客にも被害が広まるからだ。
ぞんざいな対応に見えはするが、理には適っている。

最後に、添乗員のスチュワーデスに対するクレームのように、多くのクレームはサービスの不備よりもその背景にある個人の気分に左右されることが多いという事実がある。
考えてみてほしいが、私たちはちょっとした不快であればいさかいを避け我慢する。
もう少し強度の不快感があれば「申し訳ないのですが〜」などと言葉にトゲがあっても、それなりの言い方をするはずだ。

それが怒り爆発という状態でクレームを発信するということは、そもそもの問題がサービスにあるのではなく、そのお客個人の事情にあるということである。
各個人の事情に、普通接客者は応えないし応える義務もない。
サービスがそのようなことを提供していないからだ。
添乗員に対するスチュワーデスのように親切な接客者もいるが、むしろこれは特殊なケースであると考えた方がいい。
これらが物理的、心理的にクレームが届かない理由である。

端的に言うと、どんなに正当な理由があっても、北風ではコートを脱がすことはできないということだ。

サービス提供者に届くクレームもある

それでは全てのクレームが、単なる気分や勝手なのかというとそういうわけでもない。
しかし理論的にわかるように不備を指摘したからといって、相手にそれが届くなどとは考えない方がいい。
それは北風の吹かせ方を変えただけにすぎない。

想像してみてほしい。
私たちだって「あなたのここがダメだ」と言われて、素直に「なるほど、そうだね」と心穏やかに思えることはなかなかない。
それでも自分のダメなところを指摘されて「ありがとう」と言えるときはどんなときだろうか。

それはおそらく、恋人や親友が遠慮がちに、そしておそらく言うか言うまいか長い時間かけて考えた上で「嫌な気持ちになるかもしれないけど、真剣に考えたから聞いてほしい。君のここがダメだと思う。このままだとよくないことになる」とあなたのことを本心から想って言ってくれたとしたら、私たちは耳を傾けるはずだ。

たとえ内容を受け入れることができなくても、反発ではなく感謝の気持ちを持つのではないだろうか。
もしそのようなクレームがあるとしたら、その言葉はサービス提供者や接客者に届くと考える方が自然であるはずだ。

前提に信頼関係が必要

相手のことを真剣に想い、自分の伝えることを届かせるためには、お互いの間に信頼関係がなくてはならない。
サービスの場合、この信頼関係は友人などの人間関係と同じである必要はなく、サービスコンセプトを理解し、相手もこちらが理解していることを知っていればその条件は満たされる。

つまり、特別客やブランドを作り上げるのに必要なお客であるのなら、そのような人が意見する内容は貴重であるといえる。
サービス提供者からすれば、自分たちのことをよく理解してくれ、支持してくれるからこそサービスを利用してくれるお客が、自分たちのことを考えて何かを言ってくれるとしたら、耳を傾けたいと思うはずである。

サービスが何なのかよく知らないが、嫌な気分になったから謝罪しろ、言うことをきけ、というような意見は通ると考える方がおかしいし、通してしまうと信頼関係のある別のお客が逃げてしまう。
私たちはお客としてこのメカニズムを知っておいた方がいい。

太陽を照らす

しかしここで大切なことはクレームではない。
信頼関係を作ってクレームを言うことが上手なサービス利用法ではない。
北風の話しではなく、太陽を照らす方法を見ていくことにしたい。

日常生活でも、私たちは感謝の言葉をかけることは少ないのではないだろうか。
ましてサービスとなると、受けたサービスに心から「ありがとう」と言ったことのある人がどれほどいるだろう。
私たちは大なり小なりクレームを発信することには慣れてしまっているが、心から「ありがとう」と表現することには慣れていない。
ところが、「ありがとう」はクレームでは得ることのできない効果を発揮することがある。

なぜなら、クレームを発信するときには何かの粗に注目するが、ありがとうを発信するときはすばらしいことに注目し、指摘するからである。
ありがとうは、単なる感謝の気持ちを表すだけではない。

サービス提供者や接客者からすれば、自分の良いところを見てくれ、評価してくれるお客に対しては、気持ちよくサービスを提供することができる。
私もある高級レストランで、接客者の対応の素晴らしさに「ありがとう」を言ったことで喜んでもらい、その後その高いレベルの接客を行う接客者が担当についてくれるようになったことがある。

接客者にとっては、安心できるお客にサービスを提供することができるし、お客にしてみれば他の接客者から対応される不安や不備を心配しなくて済む。
ただ「ありがとう」の一言による太陽を照らすだけで、いい歯車が回り出しはじめる。
ただし、添乗員のスチュワーデスに対する感謝のように、一通りのサービスを受け終わった後の「ありがとう」は、その他多くの人が挨拶程度でも口にすることであり、その後サービスを受けるまでに忘れられてしまうこともあるので、できればサービスを受けているリアルタイムで感謝の言葉をかけるようにしたい。

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