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サービスが個人にもたらす明日

サービスがもたらす満足

「満足」という感情は、感覚的な期待値を超えたときにうまれる。

感覚的な期待値というのは「常識的な期待値を打ち破る場合」「結果の期待値を上回る場合」「時間の期待値を上回る場合」「対応の期待値を上回る場合」「トータルサービスの期待値を上回る場合」の5つがある。

常識としての期待値を超える場合

既にどのサービス提供者も同じような提供方法でサービスを提供しているとき、その方法とは異なる、工夫、発展した方法でサービスを提供する。
利用者の頭の中にある「このサービスはこのようなものだろう」と理解している期待値を超えることで満足を生みだす。
これまで類似するどのサービスを受けても同じような対応であったものが、その対応を少し超えた、全く別の対応を受けることによって満足をもたらす。

たとえばインターネットの接続は、プロバイダ契約からPCの環境設定の流れまで、素人にとっては決して簡単なものではない。
この状況に対し、プロバイダ各社は電話サポートを用意している。
これに対して、ある会社が派遣接続サービスを行っているとしたら、顧客はその提供者のサービスに満足を覚える。

結果の期待値を上回る場合

主に基本サービスの提供のことをいう。
特に専門職による不満足の解消が、直接的に利用者満足に結びつく傾向にある。

たとえば、税理士による節税提案。
弁護士による問題の解決、医者による病気の治療、不動産仲介業による希望に沿った物件の紹介、コンサルタントによるアドバイスなどがある。

サービスを行う者にとっては、提供すると決めたものを提供しているだけである。
しかしお客は、その業界の知識がないことや、将来の見通しが立たない強力な不安を解消することで大きな安心を覚える。
このケースでは、不満足の解消が直接満足をもたらすことに結びつく。

時間の期待値を上回る場合

あらかじめ人が予想している時間の感覚値を上回る場合、人は満足を覚える。
ひとつ目の「常識としての期待値」とほぼ同じ内容を、時間に応用したときに効果を発揮する。

たとえば無線タクシーを呼ぶときに、各社平均して15分ほど時間がかかるとして、ある一社だけが毎回必ず5分以内にタクシーを用意することができたとしたら、サービス利用者は満足を覚える。
約束する時間がお客の期待値を上回ったとき、サービスがお客に満足を生み出す。

ただしセールストークなどで長めの時間を伝え、それよりも早くサービス提供することで満足を生み出してはならない。
こういうことを行うとサービスの約束は守られなくなってしまう。
顧客満足のためにサービスの約束を破るのは本末転倒である。

対応の期待値を上回る場合

これは接客対応である。
稀に時間の期待値にも結びつく。
対応の丁寧さや、予想を上回る解決方法の提示、的確で全く狂いのないサービスの提供による信頼感の構築、利用者のニーズを明確にすること、より望ましい結果を提示できることなどで満足が生まれる。

しかし対応の期待値を上回る最も基本的な行為は、個人情報を接客に反映することにある。
その中でも満足をもたらす効果が高いのは、利用者の名前を覚えることである。
シンプルな方法でありながら、満足をもたらす可能性を飛躍的に高める。

しかし個人情報を覚えていても、反映しない方が満足をもたらすサービスもある。
痔や性病の治療、育毛などを扱うサービスでは、特に人前で名前を呼ぶことは不満足につながる。
このようなサービスでは、名前で呼ばず、目を合わせずに話し、笑顔を控えることが満足を生み出すことがある。

いずれにしても、接客が利用者の期待値を上回るためには、提供するサービスに則って行動を変化させるようにする。

トータルサービスの期待値を上回る場合

これはハード、基本サービス、しくみ、接客が一貫してコンセプトを実行し、提供物もプロセスも完璧であるというときに起こる。
この満足の強度は5つの中で最も大きいにもかかわらず、特徴としてサービスを受けるお客は、何に満足しているのかを正しく説明することはできないという傾向がある。
満足していないとすら錯覚することもある。

たとえば東京―大阪間を飛行機で移動する場合、機体は完全な安全性によって造られており、あらゆる交通機関の中で最速の移動を提供する。
搭乗、座席、空港内誘導などのしくみは完璧であり、操縦士による飛行はフライト時間、経験、副操縦士の配置などによって完璧にサービスを提供する。
接客は面接の狭き門を通り、数十時間の訓練を受けたベテランのスチュワーデスが担当する。

しかし私たちは多くの場合、飛行機での移動に強い満足感を感じない。
むしろ空気を吸うことと同じように当たり前のことであるとすら感じている。
これが、トータルサービスの期待値を上回る場合の満足である。

満足は、感動ほどの大きな心の揺れはなく、感謝ほど深く気持ちが入らない。
しかし両者と比べるものではない。

満足は感動や感謝に劣るものでもないし優れるものでもない。
別のものである。

満足というのは心にゆっくりと浸透する幸福感のようなものである。
空気のようになくてはならないが、普段は存在に気がつかないようなものでもある。
サービスによって個人にもたらされる満足は、このような効果を生み出す可能性のことを指す。

満足の喚起はサービス戦略としては取り入れて構わない。
むしろ提供するサービスによっては、積極的に取り入れなくてはならない。
けれども「必ず満足を提供する」などと約束をしてはならない。
個人の気持ちはサービスで必ず生み出すことができるわけではない。
だから約束をすることはできない。

サービス提供による満足は、そのサービスが小規模なほどわかりやすい満足になり、規模が大きくなるにつれてはっきりとは説明しにくい満足になる。
もしくは、満足と認知すらされなくなる。
これは小規模であれば満足度が高く、大規模になると減少するということではない。

小規模のサービス提供者は、サービス提供の比重がしくみよりも接客に依存する。
人はしくみよりも接客の方が理解しやすい。
接客の良し悪しを、サービスの良し悪しであると考えてしまいやすい特徴がある。
良くも悪くも、満足の形を明確にイメージすることができる。
満足にしろ不満足にしろ、感情は目の前の接客者対応を通じてダイレクトに感じることができる。

サービスの規模が大きくなるにつれてしくみの比重が増してくる。
しくみは作り手には理解することができても、受け手にはわかりにくい。
しくみがうまく機能すればするほど、なぜかはよくわっからないが満足はしているという状態が生まれる。

サービスを展開する場合はつまり、最終的に無意識的な満足を提供するところを目指す必要がある。
では、どのようなものを無意識の満足というのか。

普段はその重要性をあまり感じないが、なくなってしまうと非常に強度の不満足を呼び起こすものが無意識の満足である。
鉄道が止まる、停電になる、宅急便が届かなくなる、映画上映が禁止される。
このようなサービスによってもたらされる満足のことである。

無意識的な満足の提供とは、逆説的に「最も強度の不満足の解消」のことである。

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