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スピリチュアルの本質

スピリチュアルの本質03 分離と統合について知る


■ 自分と力は「分離」している

スピリチュアルに関わる人がよく使う言葉と概念がある。

種類がある。
神様。天使。守護霊。先祖。産土神。龍。
ハイアーセルフ、アーカイブ、内なる自分の声。
もう1人の自分。異界異次元の者。

イメージ、ビジョン、体感、声、啓示などによって
こういう「他人」の声を拾うことが多い。
いたこのように神下しや、霊に憑かれるというのもある。

こいういった「存在」に対して
スピを扱う者はその力や、啓示を利用する。

その存在は、「自分」であるという場合と
「高次の異生物」であるという場合がある。
正直どちらでもよく、ここに重要性はない。

自分の分身であろうが、高次の自分であろうが、高次の異生物であろうが、
そこから得られる情報に対して人は手を打つ。
(自分の長期に手を打つべきだ)

ここで大事なことは、自分とそれ以外の者が分離している ということにある。

現実の世界では、他人の力を借りるときにこれが起こる。
人に何かを頼んだりお願いしたりするとき、
それは必ずしも自分の力ではないが、自分に役立つ。

短期中期的に役立つ。

同じことがこの分離存在にいえる。
他人の力を借りるように、もうひとりの自分や異性物の力を借りる。

長期的に役立つように借りる。
短期の短絡的な借り方はする必要がない。
その者たちの力を借りなくても現実的に進むだけで解決できる。

超常的な力を使っても使わなくても結果が同じことはその力を使う意味がない。
(主に短期的なこと。欲求に基づくことが多い)

どのみちランチを取るのに、先取りして何かを食べるようなものだ。

人の力を借りるように、例えば神様の力を借りる。
だから、決めることと選ぶことはいつも自分でやる。
その者たちは人間の知覚や、個人の確信を超えることを伝えるかもしれない。
だが採用も不採用も自分でできる。

つまり、自分がない者がスピの【力】を使うのは危険だ。
力の濫用が起こってしまう。

■ 分離のメリット

人に頼り、お願いするように、
霊的な存在やもうひとりの自分を頼り、お願いし
何かを聞いて現実に反映しようとするとき。

その本質は、
その力は自分ではない というところにある。

自分の力であり、自分がアクセスできる力を
分離することのメリットは
客観的に物事を捉え、答えを導くことができることにある。

主観的な自分が、自分にブレーキをかけている場合でも
それは別の存在であり、
主観とは違った適切な答えを導くという視点の切り替えを行うことで
(または本当に全然別の存在に頼るということで)
より正確で適切な啓発を得ることができるようにする。

だがそれは、あくまでも、どこまでいっても自分ではない。
自分で切り分けたものは自分ではなく、異生物も自分ではない。

スピという【力】に対して分離という手法を使ってアクセスしている。
この方法を取った時点でそれは自分ではない。

だから、
客観的に見ることが難しい初心者や、
自分の問題やブロックを解決できない術者は
この方法を採用し、やり続ける。

そんな自分でもできる方法だからだ。

■ 力は統合されなければならない

力は統合されなければならない。
でなければ、それを自分の力とは呼べない。

これはスピに限らずどんな物事でもいえる。

分離している、
客観的に適切な答えを出し見るべきものを見れる自分を
今主導権を持つ(決め、選ぶ)自分と統合する。
聞いたり、見たりして、探らなければいけないような自分をなくし
直に、ダイレクトに、すぐそれができる自分にする。

例えば直感で文字が光るので、正しい答えがわかるという場合
文字が光ることなく、ただ正しい答えを選べる自分に統合する。

文字が光るということ、
別の存在に聞くということ、
別の何かを視るということは、

どれも答えにたどり着くためにワンプロセス多く手間をかけており
ダイレクトにただ知るということに比べて劣る。

分離した【力】は、何も意識を入れず、何も特殊なことが起こらず
目で見て、耳で聞くのと同じぐらいスムーズに当たり前にならなければならない。

これが統合である。

■ 異生物も自分に統合する。自分の力にする

神様や産土神、龍などの生物、天使、霊、先祖、守護霊など
明らかに自分ではない者も統合して自分にしなければならない。

【解説】こういう考え方をする

その力はその者の力ではなく、自分の力である
というところまで昇華する。

例えば龍を出現させ、お願いし、力を出してもらい、
そのケースに適切な状態に調整する・・・というのは
ちゃんとやっているようで実はプロセスが長く
時間もかかり力の発動が不安定になる。

つまり元持っている力の使い方がヘタクソだといえる。

例えばベタな魔法の世界の考え方では
魔法の発動に呪文を唱える。
これはワンステップ多いものの考え方になる。

詠唱なしに魔力を発動できるか
発動した結果が既に手に入っていなければならない。

それが【力】の使い方だ。

分離した自分も、異生物も自分の力に統合する。
そしてその力を使うときは
最長でもワンステップ、できればノーステップで結果を導く必要がある。

でなければその力はまだ未熟であり、
正確に発揮できず、
自分の力であるとはいえず、
使うことに検討の余地が残る。

■ 天性の力はただの強みでしかない

力は天性のままただ使うだけなのであれば
ただ強みに甘えて努力をしないだけだ。

そして驚くべきことに、スピの世界でだけそれが当たり前になっている。

人は現実で生きていくのに様々な力を磨く。
素質を伸ばし熟練しようとする。
自分を立てるために努力する。
スピの世界だけこれがない。

何となくやりまくって知覚範囲を広げたり、理解の深まりが出てくるだけ。
だれでも「やったら上手くなるよね」程度しか考えられていない。

■ 自分の力になるということはどうなることか?

スピ能力が自分のものになってしまう
その力はスピ能力を発揮するようなプロセスを踏まなくなる。

目で見て、下で味わい、耳で聞くのと同じような
ただただ普通の発動・・・・いや、
発動している意識すらなく結果だけが出現するようになる。

その結果を瞬時に生む力 が自分のスピ能力になる。
言い方を換えれば、

既に結果が出現しているというような
観察するヒマなく生み出せているものが
自分にとってのスピ能力である。

この意味で、スピ能力は誰でも持っているものであり
(子供の頃は誰でも直感が使えた、とかはスピ能力ではない。ただの感性)
自分が生み出す瞬時の結果をフィードバックすることで見つけることができる。

あれやこれや術を使っているやり方や
直感を使うなどプロセスを踏むやり方、
分離か異生物に聞くやり方は、つまり
スピ能力というのにはヘタな部類 に入る。

自分本来のスピ能力が何なのか?を知ることができたら
その「瞬時に結果を生み出す力」

促進させ、
伸ばし、
結果をより良くし、
派生する物事をスムーズにし、
さらに人生をうまく作る

ものに対して近いものから伸ばし、次々統合していく。

それがスピ能力を高めるということであり、
自分の人生を(長期的に) 思い通りに作るということだ。

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