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スピリチュアルの本質

スピリチュアルの本質27 適切な技術編 感情を殺す

公平であること 、はスピ能力に限らず
どのような力を扱う場合にも必要なことだと思う。

でなければ、すべての力という武器は暴力や我欲のために使われるし
そもそも自分を生かすための力が自分を殺す働きをしてしまう。

何者かにアクセスしている人は、
相手や相手の世界のことを聞くときに
相手への知覚がないのでニュートラルに聞ける。

この状態と同じ状態を
スピ能力を行使するときに維持できなければならない。

公平にスピ能力を使うときの最大の邪魔者が感情 になる。

感情は脳構造的に「センサー」である。でしかない。
一報でスピ能力を直接扱う脳構造は感性器官になる。
感性も「センサー」の役割がある。(だけではない)

部位でいうと、

感情は小脳に近い動物的な脳で
感性は大脳新皮質で使われるかなり人間的な脳になる。

感性というセンサー(新皮質)を使いスピ能力を発揮するときに
感情というセンサー(小脳中脳)が働いて電波鑑賞すると(比喩ね比喩)
混線してセンサーがうまく働かなくなる。

感性は○○という情報を拾っているのに
感情は××という情報を拾ったりする。

または、

感性は○○を拾いそうになるけども、いやいやまてまて
そんなはずはないだろう、感情の××が正しいに違いない
知らずのうちに情報を曲げてしまう。

感情が入ると感性は曲がる。

感情が入るということは、
主観的な判断で何かをジャッジしているということで

誰もが知っている通り、そのジャッジが適切だともいえないし
誰でも感情に流されて望まない方向に行くことがあったり
誰でも感情に当てられて舞い上がり現実が見えなくなる。

感情そのものに罪はないが、
感情が能力を曇らせたり間違った方向で力を使わせることに
あらかじめ対策しておかなければならない。

それが感情を殺すこと である。

スピ能力者は、能力行使の一貫として感情を殺せなくてはならない。

これは裁判官が裁判時に自分の感情を殺して適切な判決を求め、
医者や看護師が大けがの患者を見てショックを受けるのを殺して治療し、
ライフセーバーが溺れる人に巻き込まれる恐怖を抑えて救うのと

同じことだ。

力を持つ者はある種のノブレス・オブリージュを持つ必要がある。

感情を殺すというのは、無感覚ではない。無感情である。
感覚はほぼ五感のことだから、何も感じない人間になるのではない。

心の静寂、平穏さ、ニュートラルな状態を維持できるようにする ことが
感情を殺すということになる。

スピ能力者の中には感覚も優れている人がいて
人よりも多くのことを感じ取ることができる場合がある。

そのため人より敏感に、人より多く、人よりわかるということがあり
それによって感情を大きく左右させられてきた場合がある。

逆に感覚に優れ過ぎているために、不愉快な想い(感情)をすることを避けるため
感覚も感情もシャットダウンしてしまった人もいる。

どちらの場合も、適切に感情だけを殺し
感性を生かす
方法を知らなければならない。
でなければ、結局は感情に引っ張られたジャッジのあるスピ能力発揮になる。
(リーディングもヒーリングも)

まず人の感情と自分の感情を区別できるようにする。
人の感性と自分の感性も区別する。
これがなければはじまらない。

「これは自分の感情?感性?それとも誰かの感情?感性?」
と質問し
見分ける目を養う。

それができたら、次は人の感情や感性を受け取らないようにやってみる。
自動的に入ってくる人は受け取ってしまうので
影響を受けない自分、分けて処理できる自分を作る。練習する。

次に、自分の感情と感性を分けて捉える。
普段から感情の機微に注目して、
いまどんな感情が生まれたか、なぜ生まれたか
生まれるべきだったか生まれなくてよかったか

出てきた感情が増幅したかしなかったか、
しなくて住む方法はあったか

そして
出てきた感情を「いまは保留。ちょっと待ってて」とできるかどうかやってみる。

どのくらい保留にでき、どのくらい影響を受けないか。
どのくらい深く保留できるか
どのくらい長く保留できるか。

それがかなりできるようになったら
普段の自分が感情を殺してやっていけばいいとなっていないか (職業病)
確認し、自分の感情を自分らしく維持できる自分を戻す。

そして、
自分らしい感情が何か?ということを普段から知り、
自分らしい感情を発揮し、
自分らしくない作られた感情は排除して

自分が自分であるための感情と共に歩んでいくと決める。

これができてはじめて
スピ能力者は力を他人に使えるベースができたということになる。

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