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接客の本質

ホスピタリティとは何か?


ホスピタリティとは何か。
それは心配り、気配りだと考えられる。
あるいは、優れたコミュニケーションと考えられることもあり、限定した分野では「先読み」を行うことだともされる。
大きなくくりで表現すると、相手のためになることを行うことなどと言われることもある。

当然、サービスの種類や規模によって、接客によるホスピタリティの定義は変わる。
しかし「ホスピタリティとは何なのか?」を定義するものは、どのような場合も「相手に喜んでもらうために尽くす」ことを指す。
しかもそれは提供するサービスの範囲内で尽くす。
したがって、そもそも喜んでもらうことを想定していない役所や、警備員などのサービスではホスピタリティは必要とされない。

ホスピタリティが何であるかを狭く提起するもうひとつの考え方として、ボランティアがある。
どちらも対象となる「人」に対して尽くす。自分ができることを精一杯行う。
しかし尽くす目的は違う。

ボランティアはその特性からして「困っている人を助けるために」尽くす。
ホスピタリティはこれと異なり、目の前の人に「喜んでもらうために」尽くす。
「助ける」「喜んでもらう」もその成果が何であるかを完全に決めることはできないが、「助ける」がネガティブの解消を目的とし、「喜んでもらう」がポジティブの発生を目的としていることはわかる。
ホスピタリティは人を対象にポジティブの発生を前提として、尽くす

尽くすときに必要とされる能力、技術、スキルがつまり、コミュニケーションであり、心配り、気配り、先読みである。
時に、コミュニケーションとしてのコーチングを含むこともある。
しかし、教育、育成、カウンセリング、(スキルとしての)コーチング、インストラクション、アドバイスなどは含まない。
これらはホスピタリティの実行ではなく、より完全なサービスの提供に近い。
またはトータルサービスとしてのサービス提供の手段として使われる。

サービスの目的は、提供すると決めたものを確実に提供することにある。
大切なことは成果が上がるかどうかにある。
相手がどう思うかは重要ではない。

ホスピタリティは、相手に喜んでもらうために尽くすことにある。
大切なことは人(相手)の気持ちの向上であって、物事の正しさではない。

接客はこの両者をうまく結びつけ(マッチング)、成果を統合し、不均衡が生まれそうであればバランスする役割がある。

コミュニケーションとは何か?

そもそもコミュニケーションとは何か?
そして、接客におけるコミュニケーションとは何か?

コミュニケーションは、背景に共通理解を必要とする。
同じものに対して違うものを見て、違うことを感じる相手とコミュニケーションによって意思疎通を図ることはできない。
話し合いで解決すること、説明や伝達で理解を一致させること、つまりコミュニケーションで理解しあうことは、背景にある共通理解があるかどうかにかかっている。

たとえば思想はコミュニケーションを断ってしまう。
右翼と左翼は分かり合えない。
プロテスタントとカトリックも分かり合えない。
背景にある思想がコミュニケーションを成立させない。

または背景の目的が違う場合もコミュニケーションは成立しない。
ある顧客がクレームを出している時に、その顧客が自分の話を聞いてほしい、悪感情を解消したいというところに目的があるのに、接客者が必死で問題の解決を説明するとき、コミュニケーションは成立しない。
それどころか対立を深める。

あるいは共通言語の違いはコミュニケーションを成立させない。
単純にフランス語を話すことができない日本人は、日本語を話すことができないフランス人とコミュニケーションを交わすことはできない。
ゼスチャーや身振りでできることはコミュニケーションではなく意思疎通である。

さらに、価値観の違いもコミュニケーションを成立させない。
ある従業員は仕事に、プロセスの楽しさと全体的な喜びを求めているのに対し、経営管理者が仕事の成果を求めるとき、コミュニケーションは成立しない。
かえって職場の対立を生みだす。

コミュニケーションにはこのような特徴があるからこそ、「相手の話を聞くことが80%」「質問をして相手の思うところを引き出す」などとよく言われる。
あるいは、うなずきや相槌をし、相手の言葉を反復すること、体の動きを合わせること(ミラーリングなど)が重要だと言われる。
コミュニケーションの達人となると、相手が全て言い切った後に、相手の言いたいことをまとめ、相手が言い切れなかっただろうことまで補足する。

これらのスキルはコミュニケーションが「相手を中心」として成立することを示している。
相手の言葉を使い、相手の態度を使い、相手の話を聞いていますよということを示し、相手が言いたいことを表現することでコミュニケーションは最もうまく成立する。
そこまでしてコミュニケーションを成立させる必要があるのは、人間が社会的な生き物であり、他者との共存によって自分の位置づけを決めていることにある。

その証拠に、社会はそもそもお互い理解しにくい人と人との関係に対して、文化に沿ったルールを用意する。
たとえば「敬語」はその代表的な例で、初対面の人、身分が上の人に対して、本来であればどのように接していいのかわからないところを、敬語という言葉を媒体にすることで相手とのコミュニケーションを可能にする。
敬語と同じような位置づけのものは、名刺、手紙の季節のあいさつ、お中元お歳暮、年賀状、冠婚葬祭などがある。

では、接客のコミュニケーションは何なのか。

接客は人に大きく関係する。
コミュニケーションは必須である。

しかし、接客の仕事の成果としてコミュニケーションが大切なわけではない。
接客の目的はサービスの提供にある。
顧客が喜んでくれようがくれまいが、相手を理解できようができまいが、サービスだけは確実に提供しなくてはならない。
だからまず、接客のコミュニケーションはサービス提供に役立つように使う。

サービスを提供する前に利用を止めようと試みる人や、不快な気分になってしまう人、提供を受けた後に不安感を感じる人などに、保険としてコミュニケーションを提供する。
これが、接客がコミュニケーションを使う1つ目である。

2つ目は、サービス事業のブランドを促進するためにコミュニケーションを使う。
接客者は事業のコンセプトをサービス提供によって表現し、その表現を正しい形で顧客に知ってもらうためにコミュニケーションを使う。

たとえばホテルに宿泊したとき、そのホテルに設置しているベッドがどこのメーカーのベッドであるかをお客が尋ねることがある。
接客者はどこのメーカーのベッドを、なぜ提供しているか、そこに事業としてどのような考えとこだわりがあるかを伝える。
このようなブランド促進のためにコミュニケーションが使われる。

最後に、相手を知り、喜んでもらうためにコミュニケーションを使う。
これはサービス提供とはなんの関係もないところでも行われる。
コミュニケーションはそもそも相手を理解するというところからはじまる。
他愛のない会話から、サービスには直接関係のない情報を得ることがある。

たとえば小料理屋の女将が、顧客との対話の中で「ゴルフ好き」というキーワードを得るとする。
ゴルフが好きであるかどうか自体は、料理と酒を提供することに何の関連性もない。
しかし、週明けにこの顧客が店を訪れたときに「週末はゴルフに行かれたのですか?」と話をすることは顧客を喜ばせる。

顧客を喜ばせることはよく、リピートを促すとか、他のサービスに浮気をしなくなるなどということが言われるが、事実上相関性はない。
それよりもむしろ、人と人が接する小料理屋という場、サービス提供の場の空気を作るという意味が大きい。
気分よく接し合うという意味がよほど大きい。
つまり、コミュニケーションの本来の意味である、意思疎通を図るという目的で行われる。

接客によるコミュニケーションは、この3つの目的で使われる。
このような範囲を超えて過剰なコミュニケーションを行ったり、仲良くなることが目的となって第3のコミュニケーションを優先させると、サービスへの信頼が失われる。
まず、接客者への過剰な信頼によってサービスが信頼されなくなる。
次に、プロセスであるコミュニケーションへの評価によって、成果であるサービスの評価が軽視されるようになってしまう。

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