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人生を作る一次の生き方

人生を作る【一次】の生き方07 二次の解除「捨てる」編

二次は自分を諦めている。
でも世界を諦めていないので
なんとかいいものにしようともがく。

もがき方にいくつか種類がありまずはそれを全部止める必要がある。
赤字のところ↓は特徴を示すので全て止めなければならない。

ひとつ目は 「頑張る」 こと。「努力する」 こと。

できないことをできるようになるように、
できなくても諦めないようにやりまくる。
「止まると死んでしまう」 という人や
「現在の仕事量が多すぎる人」 がこういう傾向にある。

忙しくしていなければ(止まってしまえば)
自分になど価値がないことが証明されるので(勘違い)
「何かをできなければならない」 し、でき続けなければならない。
できないまま終わらせると感情面で「悔しい」 が湧いてくる。

場合によっては「一番でなくてはならない」「一番が好き」
「勝つのが好き」「成績が良い」 などできる場合もある。
だが、できようができまいが
前提が自分の諦めになっているので
いくらできても満足する日がやってこず
次々とできなければいけないし、
「次々とできていればかろうじて自分を維持できる」 ので
ハードなループにハマってしまう。

だから次々とできなくなる「老後に不安」 を抱えている人が多い。

できることを「アピール」 する人も多いし、
できないから、できるように諦めないことを「アピール」 する人も多い。
簡単に言えば口だけで結果が出ない。
ただし気持ちは本気なので、「ムリなことに気持ちを無駄遣いする」 こともあれば
「ムリなことを頑張っていると評価される」 のでムリを維持し苦しみ続けることもある。

二次はオーバーワークをする。仕事や作業、思いやりや気の使い方をフィードバックして過剰に行っているところを全て止める。
「過剰に行っている」というのは、それをやってもやらなくても結果が変わらないこと や、たとえ問題が起こっても大したことがないこと。

「やってもやらなくても結果が変わらないこと」や「問題が起こっても大したことがないこと」の多くはやっておいた方がいいという理由 でやっている。または全部手を打っておくべきだという理由 でやっている。
そういうものは全て捨てる。

ふたつ目は「他人を基準にする」 こと。

自分がない(と思っている)ので、外の世界に基準を求める。
自分は正しくない、良くない。外は正しい、良い。という前提間違いがある。

「自分には何もない」 という思い込みがある。
あったとしても「大したことがない」 し、特に
「みんなと関わる上でこんなの全然役に立たない」 としている。
既にみんな想定で動く癖がある。

みんなというのは家族や友達など「身近な人」 の場合と
会社や学校など「社会的な組織」 の場合がある。
「資格取得」や「スキルの習得」 に励んだり
「テストでいい点を取る」 と自分を証明できたり
「いい子」 にしていると親や先生など大人から認められる
「営業成績がいい」「上司から気に入られることをする」 という場合は
全て基準が他人にある。

また、何かを行うのに無意識で「人の許し」 を想定しているのも
自分で決めれない、自分で選べないという意味で他人基準が背景にある。
たとえば、「何食べたい?」 と聞かれてもいつも答えられない。
何か指摘されたら「それでいいんだ」「それやってもいいんだ」 と気付く人。
「家族が何と言うか」「ご近所の目」 を気にする人。

そして「これまで人から評価されてきたことを今の自分の証明に使う」 場合も
人の目中心、自分不在の二次的生き方をしている。
「賞を取った」「実績と経験がある」「こんなに有名だ」
「メディアに出た」「芸能人に知り合いがいる」

他人基準に反している人を見ると「怒りが湧いてくる」
自分はこんなにまで自分がなく、
努力してまでみんなに合わせて頑張っているのに
やすやすと「ルール」 を破り、「人の気持ち」 を考えない。
「そんなことは許されない!」 となる。

二次は人中心で自分を置き去りにする。自分がないと思い込んでいることが原因にあるが、実行動は人を中心に動く。 人を中心に動いている全ての物事を止めて自分中心に変える必要がある。
これまで人中心だった人が自分中心にすると、人から嫌われる、社会からはじかれるなどの恐れが出てくる。特に二次の「場所」にいる人(たとえば二次ばかり集まる会社や宗教)は実際にたちまち村八分にされる。
自分中心にすると共に場を変える、場を選ぶ努力、人を選ぶ努力をしなければならない。

最後、みっつ目の特徴は逆次に魅惑される自分を止める。

二次は自分を十全に生かしている「逆次に魅かれる」
逆次は自分を生かしていることを
外の世界で「通用させなければならない」ので
その分一次よりも目立つ。
二次はそれに「コロッとダマされる」

「自分を生かし」「何か軸があり」「強く」「活躍して」「有名な人」
傾倒する自分を捨てる必要がある。
他人基準であるだけではなく、
自分を不在にさせてやった気にさせる最大の落とし穴になる。

「宗教」 「カリスマ」 にコロッと逝ってしまうのは
逆次の側に二次の特徴を刺激する方法があるからだが
その多くは
「プロモーション」「心に刺さる言葉」「納得」 などから生まれる。
全体的には「不安を喚起し」「でも大丈夫」 という殺し文句に落ちる。

これは詐欺にダマされるおばあちゃんや
ダメンズにいいように使われる女性のパターンと全く同じで
「救い」 があれば「自分で考えるのを止める」 という特徴を出す。

二次の解除は、
「頑張る・努力する」と「人基準・人中心」と「逆次傾倒」の解除
からはじまる。
この3つの全てをやらなければ二次は解除できない。
自分の人生ではなく、自分ではない何かの人生を生きることになる。

捨てる。やらない。
自分の普通が普通ではないと知る。
二次的な活動を止め
場と人を変える。

二次の解除は捨てることからはじまる。

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