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人生を作る一次の生き方

人生を作る【一次】の生き方11 一次の生き方「世界を創る」


世界を諦めない、という逆次の条件がないだけでは十分ではない。
世界を諦めないことは人生を諦めないこと につながるが
「人生諦めてません!」 だと何を言っているかわからない。

自分を知り生かすのも簡単ではないが
人生を創ることに比べると具体的なものがある。

自分の人生 を創るには何が必要か?

能動的に創れるものをを創ること
受動的に受け入れて創られるものを創ること
心通じ合う誰かを増やすこと
何かを一緒に手に入れる仲間を得ること
自分の価値基準を生かす生き方をすること

の5つがある。
人生はこの5つからできている。

「この世」とか「あの世」という言い方がある。
「現世」とか「前世」という言い方もある。

自分で自分の人生を主役に置く場合は我が世 という。

誰しもはっきりと言えるのは、
誰かの世界で生かされているのではなく
誰もがみな、自分の主観世界を世界 だと認識している。

マトリックスのような仮想現実がもし真実だとしても
神のシステムに生かされている虫けらのような存在だとしても
われわれはみな、主観世界の充実と不足によって生きている。

人生を創るというのは我が世を創るということになる。

輪廻転生があるとかないとか
成功者がえらいのだとか
真実にたどり着いたとか
実はブッダの手のひらの上とか

そういう摂理的なことは我が世を良くしない。何の関係もないし、むしろ邪魔をする。

我が世(人生)は自分が生まれてから死ぬまでの時間を伴う全体になる。
そして、
その全体は主観を通じて言うなら記憶が大部分を占める。

だから、人生について考えるときは
記憶さえ良ければ現実がさほど良くなくても充実した人生になり得るし(逆次)
記憶は良くないが、自分は頑張ったなどの正当化を通じて死ぬこともできる(二次)

記憶には脳の記憶と
細胞の記憶がある。
魂も記憶すると言われている。

脳の記憶は知っての通り改ざんされる。
本当にあったことではなく、主観によって事実から遠のく。
もし脳の記憶だけが良い人生を肯定するなら
(「自分がいいと思ったんだから別にいいでしょ」)
改ざん人生 だということになる。

脳に良い記憶を蓄積するに越したことはないが
改ざんによる正当化は、逆次のよくやる人生で
改ざん人生は正当化人生でもあり、
我が世は苦痛と改ざんに満ちあふれていました。おしまい。・・・となる。

細胞の記憶はショックなできごとを中心として本当の快と不快を記憶する。

人生の過程の中、経験の中で
体が避けるもの、欲するものを体自体が覚える。
原初的な感覚器官のような働きもするし
無意識に落とされている記憶を文字通り体現することもある。

栄養が足りなくなったらその食材を欲するとか、
なんだかわからないけどもお腹が痛くなって約束をキャンセルとか、
そういうのは細胞記憶による体の反応である場合がある。
(快不快の反応は筋肉反射などの技術で確認することもできる)

人生で体は、生まれてから死ぬまでの入れ物 なので
体の反応としての記憶が悪ければ人生は悪く
良ければなかなかいい人生だったということにつながる。

体に良いことを増やし、頭や心の声に負けず
細胞が喜ぶようなことで毎日を彩っていくと
概ねいい人生になるといえる。

これが細胞記憶(体の記憶) から見た我が世の作り方になる。

魂の記憶は、前世からや輪廻転生のシステムで引き継がれるとされている。
無意識よりも深く魂に残っている記憶だとする。

我が世に前世は関係ないので、今この人生を見たときに必要なことは
死んだら自分の人生を映画のように編集なしで見ることができるとして
客観的に見ていち人間の人生をどのように見れるだろうか?

という見方をする。

当たり前だが、ウソと正当化にまみれた逆次人生
痛みを避け逃げることに特化した二次人生の映画を観て
自分もこんな風になりたいなぁ、と思う人はいない。

この人、
自分に備わっているもの
自分の環境に対して
自分の成長と変化に対して
予想せず起こったことに対して
何もないところに自分の力で作っていく

ということに対して
すごいな、やり切ってるし、創ってるやんけ!
という映画を観たときに良いと思えるはずだ。

だから逆に言えば、
映画再生したときに全編通じてこれが良い!という生き方をするのが
我が世を創り、一次の人生を築く生き方だということになる。

この3つの記憶を充実したものにするために、
5つの視点

能動的に創れるものをを創ること
受動的に受け入れて創られるものを創ること
心通じ合う誰かを増やすこと
何かを一緒に手に入れる仲間を得ること
自分の価値基準を生かす生き方をすること

に対して自分を運ぶ。
必ずしも「自分を生かす」ということにはならない。
矛盾することもある。

自分を生かすことと
自分の人生を生かすことが矛盾、対立した場合は
そのほとんどの場合で人生を優先しなければならない。

※次のコラムから5つの視点をひとつひとつ見ていきます

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