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賢い利用法

傷ひとつつかないブランド

ある年が明けためでたい正月の、3日を過ぎたある日。
母親と娘は初買いに出かけることにした。
目的地は都市部の一等地に店舗を構える、革の鞄とスカーフで有名なあるブランド店。

近年ではもう驚くこともなくなってしまったとおり、正月3日とはいえ、その店舗も足の踏み場もないほど買い物客で込み合っていた。
その人ごみの中で買い物をする労力に一瞬躊躇するも、せっかくここまで来たのだからと意を決して足を踏み入れる。
何しろ今年初めての買い物なのだ。
母親は以前から購入を考えていたアクセサリーを探したが、残念ながら見つからなかった。
店員に声をかけようにも、忙しそうな様子に順番を待つことにした。
しかし一向に声をかけてくれる様子がなかったので、ついにこちらから声をかけ、今探しているアクセサリーについて尋ねた。

これに対し店員は「そのモデルはもう販売していません」と冷たく言い放った。
その振る舞いはあたかも「この忙しいときに、ややこしいことを言わないでほしい」という様子であったという。
サービス利用するときに起こり得る残念な対応が、この場合にも起こってしまった。

娘は、既に別のお客の方を向いてしまったそのスタッフに一言文句を言おうと考えたが、母親に引き止められたことと、人の多さに負けて結局は怒りを浸透させたままその場を去った。
そしてこの母娘は、もう2度とそのブランドの商品を買わないか、どうしても必要な場合は別の店舗で買うことに決めた。

しかしそれでも怒り収まらない娘は、後日クレームの手紙をそのブランドの会社に送った。
結果、通り一遍の雛形文書が送られてきた。

ところが、である。
このような事件が起こっても、このサービスの「高級ブランド」としてのイメージには傷ひとつついていないのだ。

ごく普通に、常識的に考えてみると、このような接客や手紙の対応を行うようなサービスは、お客の支持を失い、不快な思いをしたお客の口コミによって、いずれ誰も利用しなくなると考えるのが自然だ。
「奢る平家久しからず」である。

しかし実際にそのようなことは起こっていない。
これは一体どういうことなのだろうか。
その理由を考える土台となる、「ブランド」が一体何なのかということを先に見ていこうと思う。

ブランドはサービスコンセプトと利用者理解の一致

ブランドはもともと家畜の焼印がルーツで、マーケティングでは製品やサービスを認識させるものであるとしている。
一般的に、認識させる手段として名称、言葉、記号、シンボル、デザインなどを使う。

サービスにおいてブランドは提供すると約束したものを「約束は守られる」とお客が知っていることが基礎になる。
提供されるサービスがなぜ、どのような理由で提供されるのかということがサービスコンセプトであり、サービスコンセプトとはサービスを提供する上でのポリシーや動機、熱い想いのようなものである。

ただ単に提供するサービスの約束が守られるだけではなく、お客がサービスコンセプトを理解したとき、その一致した部分がブランドになる。
ただし、お客理解は必ずしも論理的な理解ではなく、多分に感覚的であることが多い。

たとえば、ルイ・ヴィトンはよく知られたブランドである。
ルイ・ヴィトンでは最も基本的なサービスとして鞄を提供している。
しかし、鞄の販売店、高級鞄の製造という認識ではまだブランドとは言いがたい。ルイ・ヴィトンを正確に説明していない。

ルイ・ヴィトンは元々上流階級のニーズに応えて、様々なオーダーメイドの鞄を作っていた。
当時はメイドに鞄を運ばせるのが常識であったため、重さや大きさを考慮する必要はなく、鞄は大型化し衣類は数多く収納できるようになった。
そして避暑地で使うことができるように椅子に変形する鞄を作れば、船の中で退屈しないように本棚になる鞄も製造した。
靴箱専用の鞄もあった。

ただし、品質に関しては絶対的なこだわりで挑んだ。
つまりコンセプトをサービスに反映した。
鞄の密閉性は特に定評があり、船が沈没して海中に投げ出されても鞄に海水が浸入しないため、必ず浮くように作られていた。
実際にルイ・ヴィトンの鞄によって一命を救われた実例もある。

仮に、このルイ・ヴィトンストーリーを知らなくても、私たちはその背景にある誇りやこだわりを店舗や鞄そのものの利用によって、意外にも正確にそれを理解している。
この、お客が知っている(感じている)ことと、ルイ・ヴィトンのポリシーの一致した部分がブランドである。

理解一致の量と質

サービス提供者とお客が分かり合えるという状態は、お互いにとって望ましい。
サービス提供者は正しく理解してくれるお客にサービスを利用してもらうことで、サービス提供に集中することができるし、お客は確実に欲しいものを手に入れることができる。

しかしこの理解の一致が、ごく一部の数名だけによってなされているのであれば、そのブランド力は弱いと考えられる。
つまり強いブランドの条件には、数の論理がある。
正しい理解一致の量が多いサービスは強いブランドであるといえる。

さらに王室御用達など、理解一致に価値をもたらす質の保証も強いブランドを形作る。
王室が理解しているのであれば、私も理解しようという働きが生まれるし、純粋に王室が理解しているものは無条件に信じることができると考える人もいる。
ルイ・ヴィトンは貴族御用達の質からはじまり、現在では数の論理で量を満たしている。したがって非常に強いブランドだと考えることができる。

強さを追い討ちするトータルサービス

お客はサービスコンセプトを感覚で理解することが多いと書いた。
ということは、感覚に訴えかける何かを、サービス提供者が作り上げていると考えることができるのではないか?
お客はサービスを利用する時に何を感じているのか。

サービスは店舗などのハード、提供すると決めた基本サービス、全体の流れのしくみ、マンパワーによる接客の4つの要素から成り立っている。
この4つの要素で作られるサービスの全体像がトータルサービスになる。

私たちはお客の立場として、トータルサービスを分解して感じはしない。
トータルサービスの4つの要素をどう感じるかは、時間の経過とともに変化する。

はじめてサービスを利用するとき、私たちが感じる最大のものがハードである。
内装、外観、立地、小物や接客者の制服など、目に見えるものによって信用できそうかどうか、雰囲気が合っているかどうかなどを感じている。
弁護士事務所であればシンプルでモノトーン色の方が信用できるだろうし、幼稚園であればパステルカラーの方が安心できる。
ホテルのラウンジなら、お尻の沈むソファ、テーブルとテーブルの広い間隔、高い天井、毛足の長いカーペットであればラグジュアリーホテルを想像することができる。

ハードから様々なことを感じるように、サービスの利用初期では、接客からも様々なことを感じる。
対応の第一印象や言葉遣い、しぐさや不快感などはサービスを利用して間がない頃ほど敏感に察知する。

そして慣れてきた頃になると、サービスの全体像が大体どのようなものかわかるようになるので、しくみに目を配る余裕ができる。

しかし、最終的にサービスからブランド認知することができるかどうかは、基本サービスが決め手になる。

ルイ・ヴィトンで考えてみると、最初来店したときに私たちは外観と内装の高級感を経験する。
そして、商品を手にとって見るときや説明を求めるときに接客者の対応を経験する。
ほとんどの場合このハードと接客の経験でブランドの方向性が見える。

気持ちに少し余裕が出てくると、接客者が商品に触れるとき白い手袋をはめていることや、接客者の説明からリペアの体制と専用のショップがあることを耳にする。
基本サービス提供の流れや、提供後のアフターサービスなどのしくみに力を入れていることがわかるようになる。

そして全ての商品はこだわりの手法によって製造され、丈夫で長持ちする上に、長い歴史によってそれが証明されていることを知る。
このトータルサービスを経験することで、ルイ・ヴィトンのコンセプトを感覚で理解し、理解された部分がブランドになる。
愛用者や常連客、特別客などと呼ばれる人は、より深くコンセプトを理解し、ブランドを知っていると考えられる。

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