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サービスが社会にもたらす明日

公共サービスの民営化


一方で、古典的なサービスである公共サービスには別の明日がある。

まず公共サービスの中でも収益性が高く、競争原理が働くことで活性化するサービスは民営化される。
商売の世界でサービスを提供していくことになる。
正しい正しくないではなく事実そうなる。
鉄道、通信事業、郵政事業、電気事業(外国)などが証明している。

次に、公共性が高いと同時に専門性も高いサービスは大半の部分が民間企業にアウトソースされる。
弁護士、会計士などの士業はこれに当たる。
本来国民は弁護されるべき権利があり、国はそれを守らなくてはならない。
また、税金の正しい徴収は国が行わなくてはならない。
しかし専門的に、物理的に、量的に実施することができない。
このようなサービスは専門職集団によってサービスの一部分が民営化される。
その方が社会的にうまく不備を解消できるからである。

最後にマイノリティに対する保護、保障、支援も部分的に民営化される。
生活者保護、障害者保障などは社会的に高頻度で起こる可能性のあるサービスである。
社会全体からすればわずか一部分であるとしても、保護、保障、支援するべき全体像の中では多数を占める。
多数が関わる保障は国や地方自治体が受け持つ。

一方で、近年発見されたばかりで原因のよくわからない病気に侵されている人など、対象となる絶対数が少なく、証明も難しいという分野の保障は、公共によって完全にカバーすることはできない。
このような保護、保障、支援は主にNPOによってサービスが提供される。
あるいは、難病を持つ子供両親が自ら援助基金を立ち上げ、活動をしなくてはならない状況となる。
いずれの場合も特性はボランティアである。

または養護施設の子供への支援など、命に関わる危急の事態ではないことに対する支援は、公共のサービスでカバーするときに優先順位が低くなる。
これもNPOなどによってサービスが提供されるようになる。

収益性の高い公共事業はその性格上、企業がそれを運用し、社会に創造的活動を行うようになる。
専門性が高いサービスでは、弁護士や会計士などの士業がうまく機能している。
専門職として社会的な不備を解消する。
公共が補償しきれない分野への保護、保障、支援。これはNPOが受け持つことになる。
または法によって定められた特殊法人が受け持つこともある。
NPOも特殊法人も単純なボランティアではない。
活動特性はボランティアだが、収益活動を行う法人である。

特にNPOが行うサービスほど、ダイレクトに社会貢献を謳っているサービスは他にない。
公共機関がカバーすることができない公共サービスは、NPOが代行して行うようになる。
NPOが行政の仕事を代行するという見方もできる。
よって、税務は優遇されなければならないと同時に、NPOに組織運営と資金調達、マーケティングの能力が求められるようになる。
ただしこれらの条件は、自治体の体制と法に依存する。
税の優遇や権限の委譲がなければNPOはうまくサービスを提供することはできない。

さらに、NPO全体として見たとき、運営、資金、マーケティングに関わらず、ボランティアベースのNPOは日本社会で発達しにくいという特徴がある。
そもそも社会的に奉仕することも奉仕されることも日本では定着していない。
奉仕されることを恥とする文化すらある。
実活動は奉仕される側の希望によって隠されることすらある。

これでは奉仕するボランティアが仕事の意義を見失ってしまう。
このような理由によってもボランティアベースのNPOは定着しにくい。
従ってNPO全体で見たときには、公共機関では補いきれないサービスを受け持つ絶対数は少ないと予想できる。

日本におけるNPOのサービス提供は、大手企業の不採算部門の切り離しによって起こる可能性がある。
このNPOの特性はボランティアではない。
サービスである。

たとえば環境対策、自然保護などは、事業規模が大きくなるに比例して社会責任が重くなる。
しかしこれらの部門は、収益を生み出さないばかりではなく、コストを生む。

このような技術を持つ不採算部門はNPO法人として独立し、生み出された技術を他事業に対しても販売することで独立採算を保つことができる。
逆に言えば、このような技術を必要とする似た事業同士の技術支援、経済支援によってかかるコストを削減し、成果を分かち合うことでNPOとしての活動が成り立つ。
しかし、このような形態のNPOは企業のサービスをアウトソースされることがあっても、公共のサービスをアウトソースされることはほとんどない。
企業サービスを代行することがあっても、公共サービスを代行する可能性は小さい。

それでは、公共サービスそのものは拡がらないか。
拡がる可能性はある。

その拡がりは公共機関の役割と求められる成果に直結する。
社会の変化に対して、役割と成果が明確でない国や自治体は、提供するサービスも明確ではないままに、過去に行ってきたことを繰り返すだけの存在になる。

民営化にも反対することになる。
仕事が手元を離れることで不安に駆られるからである。

役割と成果が明確であれば、逆説的に、商売としてサービスを実行するには不採算であり、専門職に依存することがなく、行政が保護、保障、支援することが困難なサービスを探し出せばいい。
このようなサービスは、公共サービスとして提供される可能性が高い。

たとえば東京都練馬区では、母子家庭に対する行政の援助が自治体の中でも整備されている。
公共サービスは比較が困難なため一概に断定はできないが、練馬区の母子家庭に対する援助は、サービスの個別コンセプトに相当する。
行政としての役割と成果を明確にしている。

しかしそれよりも重要なことがある。
公共が役割を決めることで「何の提供に力を入れるか」ではなく、「何を提供しないか」を決め、決定機関としての役割を強化することにある。
いわゆる小さな政府ならぬ、小さな行政を試みることである。

なぜなら現代サービスでは、ほとんどのサービスを企業が提供することができる。
企業が提供することができないものも、NPOが代替して行うことができる。
NPOが代替する場合は税の優遇が検討材料となるが、それでも行政主導で行うコストは削減される。

一方で企業とNPOは、活動のルールを決定することはできない。
できるのは行政だけである。
行政は決定機関であり、実行機関である必要はない。

コストを生む実活動は外部(企業、NPO)に委託し、成果を測定する活動を行えばいい。
それは税務の仕事を税理士や会計士に権限委譲することと同じである。
税務の詳細な仕事は、手間をかけて民間が行う。
税務署は税金の支払いを受け、書類を整備し、脱税に備える機能だけを持つ。
そしてそれは上手く機能している。

この税務において採用されている方法を、行政が提供しているサービスに取り入れる。
公共のサービスは変化に時間がかかるが、決定と管理の集約機能としてサービス提供する前提として、このような流れは必ず生まれる。
なぜなら、サービスが多様化するに従って、公共機関がサービスを実提供するメリットが、社会的にも経済的にも見出せなくなるからである。

この変化を完全なものとするのは、今後数年では難しいかもしれない。
しかし2006年に、駐車違反取締りが警察業務から民間企業に委託されたように、変化は生まれつつある。

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