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内省と内観

内省と内観01〜何のために内側に取り組むのか?

内側に取り組みはじめる人のほとんどは
キリスト教で言うところの懺悔室での告白をやりはじめる。

マイナスな自分をどうにか救いたい という動機でやる。

負の感情を抱いてしまう自分。
人とうまくコミュニケーション取れない自分。
何を目指していいのかわからない自分。
自分らしくいれない自分。
儲けられない自分。
結婚できない自分。

何か自分に問題があるに違いない!

前向きなマイナスももちろんある。
マイナスの世界からスタートして内省し、
自分をうまく運ぶためにいいことをやっている!と錯覚する。

瞑想して迷走する。
ほしい物を具体化して、それを今手にできていない自分に落とす。
頑張る自分であるために必要なことを探る。頑張るような上手くできないことに取り組む。

何か自分に問題があるに違いない!
ということに変わりない。

内省・内観は何のためにやるのか?
解脱?即身仏になるためではない。
悟りを得るためではない。

この現実世界で「自分を上手く生かし」
「自分の人生を思い通りに作る」ためにやる。

内省しても内観しても、
自分がダメになる一方であったり
自分の人生が誤った方向に行くのなら
そんなものはやらない方がいい。

時間の無駄だ。

ところが実際は、良くなるためにやりはじめ
ろくでもない結果になる。
マイナスの世界でやっているからそうなる。

【関連記事】マイナスの世界を生み出す、ポジティブな言葉

自分をうまく運ぶというのは必ず外の世界が関係する。
だから、内側の自己満で終わるのは内省ではない。

外の世界には「行動」「成果」の2つがある。
行動は成果のために行うので、最終的には成果だけがある。
成果の出ない結果を導くなら、その内省はムダでしかない。

内側の世界には「思考」と「感情」と「資質」がある。
資質は考え方をややこしくするのでここでは省いて
思考・・・考える 、と
感情・・・感じる 、があるとする。

内省するということは、
自分がどのような考えと感じることを
自分の成果に結びつけることができるか?
に取り組むことを指す。

極論すれば、成果につながらない内省は
考えるのも感じるのも全てムダということになる。

典型的なのは悩むことと
感じなくていい感情を感じること。

こういうのは成果どころか行動にも結びつかない。

【関連記事】
悩む「私は真剣に生きてます」ごっこ
感じなくていい感情よく泣くのが全くムダなとき

成果というのは何も金儲けのようなことだけをいうのではなく
既に幸せであるかどうか、とか
今もう信頼できる人がそばにいるか、とか
そういうことも含む。

成果に導く思考と感情があれば
成果や行動が思考と感情に影響を与えることもある。

行動で終わり成果にならなかったけど、どうやればいいかわかった。(思考)
この成果が心に感動を与えてくれた。知れて良かった。(感情)

思考と感情が、行動と成果に結びつくように内省するように
行動と成果が、どのような思考と感情を生み出すのかを知る。
これも内省・内観になる。

つまり内省するというのは
内側と外側の関係についてひとつひとつ知っていく
ということになる。
内側というのは思考、感情
外側は行動、成果である。

これをより多く、より正確に知っている人が内省できている人で
内省できている人は知覚が広く、確信が深いという特徴がある。

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