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第1の扉 - 卓越者は強みよりはじまる

卓越した接客者の強み


素晴らしい接客者が仕事をスタートラインとして能力を目的とするのとは違い、卓越した接客者は強みそのものがスタートラインとなる。
強みを発揮する目的は「仕事の成果」にある。

   素晴らしい接客者  仕事→能力
   卓越した接客者   強み→仕事の成果

卓越した接客者は強みを生かす。
卓越した書店員は、強みを生かすことができるように仕事をプログラムする。
あるいはマネージャーにプログラムしてもらう。

なぜかお客に「○○の本はどこにありますか」とよく質問される書店員は、おそらく人から「安心され、親身に応えてくれる」という強みを持っている。
卓越した書店員はこの強みからはじめる。
強みを生かすことができるように、お客に質問されるような仕事をなるべくしようとするし、それぞれのジャンルの、本の傾向を知ろうとするだろう。
それともそのようなニーズに応えて、お客に手渡すことのできる簡易地図を作るように店長に提案するかもしれないし、トラベルセンターで係員が地図を前にして観光案内するように、キャッシャーで案内役を買って出るかもしれない。
またはカスタマーサポートの腕章を身につけることで、お客が質問しやすくなるように提案するかもしれない。

もちろん通常業務は、強みとは別に果たさなくてはならないけれども、卓越する接客者は同時に強みを最も生かすことのできるように接客を組み立てる。
仕事が仕事の必要性からはじまるのではなく、自分に備わった強みを軸としてはじまる。

そして、ひとつ強みが発揮されたり形になったりすると、次の強みを発掘するか、別の強みや強みと強みの掛け合わせてどのように接客に応用できるかを考える。
強みと能力を掛け合わせることで新しいものを生み出すかもしれないし、仕事を改善するかもしれない。
これらのどのような場合であっても、卓越した接客者は強みよりはじめる。

強みよりはじまる接客は、発掘からはじまる。
それは「できてしまう」ことは何か?という質問からはじまる。
そして「できてしまう」というのが強みの最も大きな特徴になる。

今まではそれほど意識したこともないし、自分以外の誰もができることだと思っていたけれども、実際には「どうやら自分は秀でているらしい」というのが強みの特徴になる。
はじめから「できてしまう」ので、他人に対して優越感を感じていないという特徴がある。
本人だけが、心の底から「誰でもできる」と信じている。

書店員の仕事であれば、たとえば「整理ができてしまう」という強みを持った接客者には、どういうわけか新刊本を平積みにする作業や、出版社に返却する本をまとめる仕事が回ってくるだろう。
本人は、それは誰もが行う仕事であると信じているし、そのような作業を行うのは「あたりまえのこと」だと思っている。

実際には、この書店ではどういうわけか必ずその人が新刊本を並べ、返却する本をまとめているという現象が起こる。
他の書店員は、「○○さんがうまくやってくれるおかげで助かる」などと口にしながら、自分はその仕事を避けようとする。
やっても楽しくないし、上手くできないと考える。

そして彼らの発言が強みを持つ接客者の耳に入ると、その接客者は「何を言っているのかさっぱりわからない」というような反応を返す。
よくよく考えてみると確かに、自分が新刊と返却本の管理をいつの間にか行っている。
けれどもたまたまそうなっただけだろうし、他のみんなが苦手でも、自分は特に何とも思わないからやっているだけであって、別に上手くやっているわけではない、などと自己評価する。
このような場合の自己評価は決まって低く見積もられる。
つまり、自覚症状がない

これが、人が持っている「強み」の特徴である。

この接客者は新刊本と返却本の仕事を通じて、どのような本をどのような位置に並べたのかを全て把握するので、本を探す顧客のニーズに応えることができるし、どの本の売れ行きがいいのかを自然に理解できる。
だから顧客が求める本を、平積みの目立つ場所に並べることができる。

こうして新刊や返却本を整理するだけではなく、その延長にある仕事によって別の強みを発掘する機会を持ったり、「整理できてしまう」能力を別の形で発揮したりすることができるようになる。
強みがどんどん生かされるようになる。
「できてしまう」ことの成果が増えることになる。
そして強みの発掘と発揮が進めば進むほど、誰にも真似することができない卓越した接客者となる。

強みがもたらすもの

素晴らしい接客は能力が仕事の軸となるので、能力の差によって上下関係が生まれる。
敵対的か温厚かは別として必ず上下関係が生まれる。

一方で卓越した接客は強みを軸とするので、差が生まれるのではなく「違い」が生まれる。
「できてしまう」ことは人によって違う。
だから、苦手で嫌いでたまらない仕事も、別の接客者なら何も気にせずにさっさとこなしてしまうかもしれない。
人は1人ずつ強みとできてしまうことが違うという前提がある。
「整理ができてしまう」接客者がいれば、「相手が安心してしまう」接客者がいる。

「単純作業を延々と繰り返すことができてしまう」接客者は、書店ではレジの担当者に向いているかもしれない。
「スラスラと文章が書けてしまう」接客者はポップを書く仕事を行った方がいいかもしれない。
たとえば整理を行う仕事をうまくできないからといって、強みを重視する考え方ではその人を劣っているとは判断しない。
上下関係の下とは見ない。

その人は整理ができない代わりに「相手が安心してしまう」人なのかもしれない。
「整理ができてしまう」人と「相手が安心してしまう」人を比べて上下関係を決めることはできない。
だから強みを軸に置くと差や上下関係ではなく、違いが生まれる。

「違い」が強みを生かした接客の前提になるということは、サービスは適材適所によって提供されるということになる。
何をやりたいのか(欲求)ではなく、何をやるべきか(義務)でもなく、何ができるのか(能力)でもなく、何ができてしまうのか(強み)によって仕事が決まる。

この法則は、相手に対する肯定からはじまるので、相手を認めるということを可能にしてくれる。
能力によって仕事が決まる接客は、能力の差によって相手への否定を生み出すので、相手を認めない人間関係を作ってしまう。

それぞれの人が強みを持っており、それをお互いが認める関係であれば、接客の役割は適材適所でしか作られないことになる。
これが強みを軸にした接客の特徴である。

能力が上下関係・派閥・倣岸な人を生み出しやすい一方で、強みも仕事に支障をきたすことがある。
強みだけを生かすことのできる仕事はむしろ少なく、能力が要求されるときもある。
それに応えることができないと、接客全体がうまく働かなくなることがある。

能力に力を入れると強みが発揮されなくなり、強みを発揮すれば仕事に支障をきたすとき、接客者は頭を悩ませ、卓越に近づくことなど現実的には無理ではないかと心配する。
しかしその心配は問題ではない。

強みにはそれを生かすための手順がある。
「できてしまうこと」をやっていれば、それだけで卓越した接客者になることができるわけではない。
その手順は後ほど見ていくが、仕事をこなし、能力を身につけながら強みを磨き、磨いた強みを発揮することはできる。
忙しい接客の仕事を行いながらできる。
むしろ仕事ができず、能力もない接客者が卓越することの方がかなり難しい。

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