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終章

卓越犬の強み?

さて、最後に私たちのストーリーを書かなくてはなりません。

私と犬は、600キロの道のりを超えて無事港町にたどり着くことができました。知り合いもいないこの街で新しい生活がはじまることになったのです。

こうして「強み」を研究してまとめる以前は、それなりに高額所得を得ていたのが、今では全てのビジネスから手を引き、貯金は経験を積むため効果的に使い、またゼロからのスタートを切ることになりました。

コネやカネがない状態にはこれまでに何度も経験してきたので怖くはありませんでした。
それに自分の強みを正確に知っているので、これからそれを生かせば特にその方面で心配することはないとわかっていました。

けれども、こうして東京から600キロも離れることができたのは、なんといっても飼い犬の存在が最も大きいのです。
彼の存在は私が感じる「寂しさ」を大きく削減してくれていました。

こんなことを言うと「確かに犬はいいよね」とか、逆に「犬に寂しさを紛らわしてもらうなんて、それこそ寂しいよ」などと思われるかもしれません。
確かに両方とも一理あります。

しかし、私がここで言いたいのは、単なる気持ちや精神衛生上の問題ではないのです。
飼い犬が持つ「強み」の話です。
そう。犬にもそれぞれ独自の「強み」があるのです。

犬にも性格があることは、犬を飼ったことのある人やドッグランなどで他の犬と接する機会のある人はよく知っていると思います。
余談ですが、家畜である牛にも個性があります。
私が一時期働いていた牧場では200頭の牛がいて、そこそこ平均的ではあるものの、中には何事も嫌がる性格の悪い牛がいたり、そつなく生きている牛がいたりしました。

競走馬だって先行することが得意な馬がいれば、追い上げることが得意な馬もいます。
動物は人間よりも複雑ではない分、実は強みがはっきりとわかりやすいのです。


 

うちの飼い犬には、私がドッグランや散歩で出会う他の犬、知人の家の犬などをよく観察した上で、大きく2つの「強み」があることがわかっています。

1つは「社交性に飛んでいる」こと。
もう1つは「ピンチの人に対して思いやりを発揮する」ことです。

この人間的な強みを知って「いくらなんでも大げさだ」と思うかもしれません。
しかし実際に、うちの飼い犬はドッグランなり散歩なりでどのような犬がいても、必ず好意的に駆け出していきます。
オスで、別のオスに対してケンかを売ることもしないのです。

ただ尻尾を思いっきり振って、ただ仲良く、遊ぶために近寄っていく。
相手が「ウー」とうなってもまるで気にせず、相手の腰が引き気味でもステップを踏んでさらに歩を進める。小型犬だろうが大型犬だろうが意に介しません。

人間にもなかなか親しく接するけども、特に子供には目がありません。仲良くなることが好きでたまらないのです。

「ピンチの人に対して思いやりを発揮する」というのは、これもまた不思議なことなのだけども、私が仕事でストレスを抱え、それが口から発されると必ず近くに寄ってきてくれます。
イスに座っていれば肘掛に前足を乗せて覗き込みます。
その表情は遊んでほしいときに見せるものとは明らかに異なります。
私以外の人がストレスを抱えているときも同じように近くまで寄っていって腕を舐めることがあります。

彼にはそれらのことが「できてしまう」。
頭がいいのではなく、心が豊かなのでしょう。

だから実際、私は港街にある今の住まいで、飼い犬を見て「寂しくない」と感じることができるのです。

なぜなら、やろうと思えば彼のように友達を作ることができるし、相手にその気がなくても自分は思いやりを持つこともできる。
辛いときは文字通り慰めてくれる。キレる寸前まで行くときは、一度その物事を離れて犬に触れてもらうことで思いやりを思い出すことができる。
そして何より、そういったことを気づかせてくれる。

そんなわけで、卓越した強みを持つ犬との新しい生活は4ヶ月を迎えました。
今のところ、住み心地は抜群にいいです。
1日に何度か汽笛の鳴る音が響いてきます。海も山も近くて、風が通る。

そんな生活から、また強みを生かす活動を日々思い描いています。


 

07年09月
ある港街にて

松原 靖樹

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