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カッコいい大人になるヒント

愛される方がより難しい


いつも「虐待」とか「孤児」とか
そういう言葉をよく使うので
読み返してみると
なんだか暗く感じてしまうな。

実際はそうじゃないんだけど。

けど、
たまには少し視点を変えて
書きたい気になったので
今日は「愛」について。

愛、って言っても
愛の全部を書くのは到底できないから
一部分だけ。


作家、辻仁成さんの小説に
「サヨナライツカ」
という本があります。

本は文学的で、
難しかったり
わからない人もいるでしょう。

でも、その本のプロローグの部分に
愛に関することが書かれていて興味を引きます。

人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトとにわかれる

本の主人公は、愛したことを思い出す派。

どっちが正しいなんてことはありません。
どっちが幸せだなんてこともありません。

けれど、
どっちがより難しいかというと
それは愛されたことを思い出す方です。


え、そうかな?
と、思う人もいるでしょう。

たとえば、
愛する方は自分が努力すればできるし
(嫌ならやめてしまうかもしれないけど)
愛し方がわからなくても
愛すために一生懸命になることはできます。
自分で愛すか愛さないかを決めることができる。

でも、
愛される方は、自分がどんなに
「よし、愛されるぞ」と思っても
それは相手があってのことなので
必ず愛されるとは限りません。

と、
いうのも、ひとつの考え方だけど
愛される方が難しいという
もっと違う理由が、実はあります。


ミステリー作家、東野圭吾さんの小説に
「容疑者Xの献身」
という本があります。

主人公の高校の教師(男)が主人公で、
アパートの隣に住む母娘が誤って夫を殺してしまいます。
主人公は、隣のお母さんに恋していて
その死体を隠し、トリックを作り上げます。
しかも必死でトリックを作り、母娘をかばっているときに
その女性は他に好きな人ができてしまいます。

主人公は、自分が恋している人は
その人が好きになった男性と一緒になった方が
幸せになると考えて、
崩されつつあるトリックを一人で背負って
警察に捕まってしまう。

でも警察は、二重、三重の完璧なトリックを
最後の最後まで証明しきれず、
主人公の献身的な愛は、
ほしい結果を得ることができるのです。
(献身的な愛が、この小説のキャッチフレーズです)

ところが。
そこまで自分のことを思ってくれたことを
知った女性は、その愛の深さに自ら自首します。
そして、自首したことで誰も証明できなかった
完全犯罪が崩れてしまう。

少しわかりにくいかもしれませんが、
ポイントは

「献身的な愛を受け切れなかった」

というところにあります。


人は受け取り下手です。

たとえば
「ありがとう」を言うようにしようと
心がけることができても
ありがとうと言われたときに
「たいしたことないよ」とか
「いや別に」と
思わず言ってしまいます。
笑顔で「どういたしまして」とはなかなか言えないものです。

または
人から何か褒められたときに
素直に「ありがとう。うれしい!」と言うのは
なかなか難しいものです。

これまで意識したことがなかったり、
これまで経験したことがないと、
普通人は、
自分が人に与えることができる精一杯よりも
はるかに小さい分量しか
受け入れることができません。

人を一生懸命愛せる、何分の一しか愛されることができません。
人を褒め称えることができる、何分の一しか自分はうれしがれません。
人にありがとうを言える、何分の一しか笑顔で「いいよ」と返せません。

その分量を超えてしまうと拒絶してしまいます。

そんなに愛されることを不安に思ってしまいます。
そんなに褒められることを勘繰ってしまいます。
ありがとうと言われるたびに、その人と自分の差を感じてしまいます。


しかし、ハッキリしているのは
愛されるのは素晴らしいということです。

なぜなら、
身近に
多くの人から
ものすごく愛されている人がいたら
自分もいい気持ちになるはずだからです。

人のを見て気持ちいいのなら
それが自分に起こって
うれしくないわけがありません。

愛され慣れるというのは
実はそれほどまでにステキなことなわけです。

だから、
愛してもらいたいときに
それを感じることができない時は
「もっと愛して」と言ってもいいし、
照れて思わず否定してしまったときなんかは
それに気がついて
相手を抱きしめることでチャラにすればいいんです。


ただ、僕も含めて
子供の頃から
結構長い間愛され慣れていない人は
そんなことを言われてもなかなかできっこありません。

では、どうすればいいか。

自分から愛すんです。
愛して愛して愛しまくる。

人は自分が愛すことのできるキャパの
何分の一しか、
愛されることを受け入れることができません。

なので、自分から愛することで
キャパを大きくするんです。
自然、愛されることを受け入れるキャパも広がります。

僕は実際見たことがないけども、
この方法でみんなから愛された人の
話を聞いたことがあります。

理屈にもかなっています。
人を愛そうと努力して
目の前の人のことを一生懸命考える人が
人から愛されないわけがありません。

逆に言うと、
人を真剣に愛そうとしないのに
自分だけ愛してもらおうなんてムシのいい話
です。
そんなのは単なるわがまま。

経営の神様として名高い、松下幸之助さんは
「与えたものの10分の1は戻ってくるようにできている」
と言っています。

愛されることが
なかなか難しい、僕のような人たちは
自分から愛すことを続けることです。


愛について考えるとってもいい本。
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愛の論理―私たちは、どこまで愛せばゆるされるのか
(ちょっと難しい)

無痛文明論
(かなり難しい)

サヨナライツカ
(本文で紹介した、文学系の本。好きな人にはオススメ)

容疑者Xの献身
(本文で紹介した、ミステリー。好きな人にはオススメ)

いま、会いにゆきます
(【DVD】個人的にオススメ。「愛だな愛」と思って見るべし)

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