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賢い利用法

感動の旅行社


数ある東京の旅行社のひとつに、ある特徴をもつ旅行社がある。
多くの中小企業がマスメディアの取材に自社が取り上げられることに対してプレスリリースを試し、あるいは運良く取材の申し込みが来る日を夢見ているのに対して、この旅行社はマスコミの方が取材参りを行う。

それほどまでにマスコミの注目を浴びるのは、この旅行社が障害者と高齢者に特化して旅行を提供していることはもちろん理由であるものの、実はそれ以上にこの旅行社を通じてサービス利用したお客のほとんどが感動体験を経験することに、より興味が湧くということは想像に難くない。

旅行が終了し、お別れの段になると、ほとんどの参加者は目に涙を浮かべるのは、この旅行社にとって大して珍しい話ではない。
盲目の障害を持つお客がハワイの海でダイビングをし、プランクトンが顔に当たる経験をすることができたことで自分の可能性を見出した話。
窓際族の会社員が若年層と共に旅行し、キャンプで自分の役割や価値を見出した話。
立つことは難しいと言われていたおじいさんが、旅行で気分が高揚し立ち上がり、歩き出した話。このような感動ストーリーには事欠かない。

それを証明するように、同行取材したテレビ局のスタッフは「こんな旅行は未だかつて見たことがない」と感嘆したという。
ことはそれだけにとどまらない。

障害者や高齢者の旅行には、旅行先の情報、家族の準備と不安の解消など、下準備に相当の時間を必要とする。
実際に旅立つ数ヶ月前から旅行の準備ははじまる。つまり、ひとつの旅行企画に他社では考えられないほどの時間を費やす。
当然サービスが明確になり、お客の効用がはっきりするのと同時に、この旅行社にとってはコストがかかり収益を圧迫する。

しかしその甲斐あってか、この旅行社を一度利用したお客が再び旅行に参加するリピート率はなんと90%を越える。
10人に9人が再び旅行に出かけるこの数字は旅行業界のみならず、他のサービス業においてもずば抜けて高い。

しかし、ときにコスト以上の手間をかけて旅行をアレンジするこの会社では、サービスの拡張が難しいというジレンマも抱える。
素晴らしいサービスを提供すればするほど、収益との折り合いがつかず、新規顧客の確保に労力を割くことができない。その上悪いことに、上質の接客を行い、サービスを提供できる実力のある人員の確保も難しい。

小さな高質サービスの特徴

規模の小さいサービスは世の中に溢れるほどある。
一般的に私たちはお客として、規模が小さいことイコール、大きくなることができないのであまり良くはないサービスだろう、と判断することが多い。
「街のこだわりオヤジの洋食屋でなければ洋食とはいえない」というお店もたまにお目にかかることもあるが、その他大半の小規模サービスに興味を示すことはほとんどない。

しかし世の中には、高質サービスを提供する旅行社のようなサービスが必ずある。

そしてそのような小さな高質サービスは、示し合わせたように収益性、つまりお金儲けに長けていない。
彼らは高質のサービスを提供することにかけてはすばらしいものを持っているが、お金を稼ぐことにかけて同じようにすばらしいとはいえない傾向にある。

私たちは一般的に「いいもの」「売れる」と考えてしまいがちだが、現実にはそういうことはほとんどない。
「いいもの」とはいいものを作ることのできる能力によって作られる。
「売れる」というのは、売る技術に優れていることによってよく売れる。

一般的に販売促進、マーケティングなどと呼ばれる行為に優れている事業が提供するサービスは売れやすい。
たとえ品質が劣るとしても売れやすい。
その証拠にサービス力という意味では、障害者を対象にした旅行社がすばらしいことは疑いようがないが、最大の売上を誇るのは実際のところJTBである。

小さなサービスの大きな悩み

特にすばらしいサービスを提供する事業者の中でも、安定的に売上を確保することができ、かつ拡張を望んでいないサービスはあまり問題にならない。

たとえば、私が健康維持のために通っている治療院では、1ヵ月後の予約を取ることすら困難なほど盛況で、かつ院長は自分の腕一本で治療を行うのでサービスの拡張を望んでいない。
予約を取ることができないのは、院長の技術に対して体を治療したい多くの人が口コミで紹介を広げ、かなり先まで予約を取るためで、このことはつまり売上の安定的な確保が約束されることを意味する。
拡張しないということは、それ以上サービス事業に投資をする必要がないということで、売上からコストを差し引いた利益はまるまる収入になるることを意味する。いずれにしてもお金の心配をしなくてもいい。

これに対して旅行は季節変動の激しいサービスで、夏、ゴールデンウイーク、正月などは繁忙期となり、2月や11月は閑散期になる。
しかもいくら口コミが発生しても、障害者、高齢者は心理的に旅行の決断と準備に時間がかかる上、家族の反対や時期のタイミングが合わないなどの物理的な要因も関わってくる。

さらに旅行業の収益モデルというものがあり、サービス業の中でも旅行業は利益率の低いサービスであるため、多売によって利益額を上げる方法を取ることが多い。
つまりある程度のサービス拡張は必須なのだ。

しかしこの旅行社のような小さなサービスでは、スタッフはお客にサービスを提供する接客の仕事を行う。
新しいお客を呼び込むための工夫に割く時間がどうしても少なくなる。
また、新規顧客をどのように開拓するのかの知識がない場合も多い。
では、サービス提供を他の者に任せて、社長が新規開拓を行えばいいという考え方はある。
しかしそうすると、社長が行っていたような高質のサービスが提供されなくなる。
サービスの質が低下してしまえば、せっかくお客を呼ぶことができても増えるのはクレームだけになってしまう。

これが小さな高質サービスのリアルで大きな悩みなのだ。
そしてこのような状態が続くと金銭面、精神面で大きな負担となり、悪くするとサービス閉業という事態も起こり得る。

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