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Step4. 接客を作り上げる

接客のポイント「3.サービスの枠を超える接客」

サービスでは、コンセプトを反映する「場」としてハードが作られる。
そして実際に提供するものとして基本サービスが作られる。
サービスの原型がこうしてでき上がる。

そのハードと基本サービスを滞りなく動かすためのしくみもまた、ルールやマニュアルとして決められる。
この過程と様子は、演劇やオーケストラに似ている。

演劇にはコンセプトとなるストーリーがある。
舞台となるハードがあり、基本サービスとなる主人公がいて、しくみとなる脇役や裏方がいる。
サービスのマニュアルは演劇の台本であり、彼らは何をどう行うかが全て決められている。

オーケストラも演劇に似ている。
コンセプトは音楽の演奏。基本コンセプトが演奏で、個別コンセプトが曲になる。
演奏するためのホールがハードであり、指揮者が曲を自分の裁量で輝かせることのできる基本サービス、各楽器がその曲を指揮通りに形作るしくみになる。
マニュアルは曲を譜面にした楽譜に当たる。

では、接客はどのような役割になるのだろうか。

演劇ではアドリブを行うことがある。オーケストラでも曲目を変えることが稀にある。
アドリブや曲目の変更が、起こるべくして起こることがある。

演劇であれば女優のヒールが折れてしまうことによって手順を変えるかもしれないし、涙を見せる場面で、思ったよりも化粧が落ちてしまうために泣き方を変えることがあるかもしれない。

オーケストラでは、その日の温度や湿度の状態によって曲目を変える可能性はある。
バイオリン奏者の弦が一本切れてしまうような不慮の事故によって、何か変更を迫られることがあるかもしれない。

このようなことは基本的に演劇やオーケストラで起こってはならないことだが、起こる可能性を完全に排除することもできない。
1万回に1回、あるいは10万回に1回なら起こってしまうかもしれない。

演劇の舞台、主人公、脇役が、台本通りに進めるとうまく運ばなくなる場合や、オーケストラがプログラム通りに曲を進めると音楽の提供が完全でなくなる場合、このような不足の事態に最も上手く対応する方法が演劇のアドリブであり、指揮者の曲目変更である。

演劇のアドリブや指揮者の曲目変更はそれぞれのリーダーが決めて行うけれども、サービスでは接客者個人個人の判断で既存のサービスの枠を超え、無視することで逆にサービスを正しく提供することがある。

本来は、演劇を俳優の考えや感情によって、セリフや立ち振る舞いを変えてしまうことは許されることではない。
オーケストラも同様に、指揮者の気分で曲や曲調、演奏方法を変えていいわけがない。

サービスもまた同じように、本来は現場の接客者の個人的な考えや感情、利用者の意見でサービスのあるべき姿を変えてはいけない。

基本を忠実に守ることで完璧なサービスを提供できるようになったとき、接客ははじめてサービスの枠を超えてもいい状態になる。
サービスで決まっている画一的で統一的な枠を超えることが、却ってサービス提供の約束を守るときに限って、そのような行為が許されるようになる。
接客がサービスの枠を超えるべきケースは、「不測の事態」「基本サービスを守る場合」「しくみで決まっている場合」の3つがある。

不測の事態

基本サービスを提供するときに、アクシデントが起こることがある。

レストランなら鉄板の料理でやけどをした、スポーツジムの場合だとプールで痙攣を起こして溺れる人が出た、などの場合である。
このようなときウエイターやインストラクターは、サービスの提供よりも不測の事態への対応を優先する。
不測の事態は場合によって対応も異なり、マニュアルでカバーできないことも起こる。

ケガはたいしたことがなくても、鉄板焼きの料理が冷めたら作り直したものを提供することがあるかもしれない。
やけどがひどい場合は病院に運ぶかもしれないし、金銭保障を行うかもしれない。

プールで人が溺れた場合には人工呼吸をするかもしれず、近くのお客に救急車を呼ぶよう指示を出すかもしれない。

こういうことは、しくみで解決できる想定範囲内のことではなく、しかもほとんどの場合基本サービスの提供に関係がない。
危急の場合に接客は、サービスの決まりを超えなくてはならない。
火事や地震などの自然災害の場合も同じである。

不測の事態が基本サービスの提供を中断するほどのことでない場合に限って、接客者は基本サービスを提供するという目的に対してだけ、サービスの決まりを超えるようにする。
演劇で多少手順を変えたり、オーケストラで曲目を変更したりするケースがこれに当たる。

基本サービスを守るために行う場合

レストランで通常よりも込み合っているとき、料理が遅れてしまうことがある。
このようなとき、お客はサービス提供に不備があると感じて不満を抱く。
そこで、すぐに提供できる一品を無料で提供して、空腹を満たすつなぎにしてもらい、お客のマイナスの感情を回避してサービスを守ることがある。

スポーツジムの場合、質問攻めをする一人のお客によって基本サービスであるエクササイズを提供できなくなる恐れが生じたとする。
または、エクササイズの進行についていくことのできない1人のお客のために、全体進行が遅れそうなことがある。
このようなときインストラクターは、レッスンが終わってから個別に質問を聞いたり、相談に乗ったりすることがある。

こういった対応は人と人との関係で考えれば思いやりや気配りになるかもしれないけれども、サービス全体として見たときには「基本サービスの提供を守る行為」となる。

提供すると決めたものを必ず提供するのがサービスの約束である。
レストランでは待ち時間の長さによるイライラで、基本サービスの提供に支障が出る可能性を接客の機転によってカバーしている。
スポーツジムでは全体に提供する基本サービスをまず守り、次に個別対応によって疑問や問題を解消することで、それぞれのお客に対する基本サービスの提供を守ろうとしている。

このようなことが起こったとき、接客はサービスの枠を越える。
マニュアルを無視して、マニュアルに反する行動を取ることもある。
それも基本サービスの提供を守るためであり、その約束を果たすことがサービスの責任だからである。
現場で起こる障害は、基本サービスを提供するために接客の裁量で対応するように決めておく。

しくみで決まっている場合

「不測の事態への対応」と「基本サービスを守る場合」は、リスク管理を目的に行われる。
何か不都合なことが起こったときに、サービスの枠を超えて接客がそれに対応し、解消する。

「しくみに定められている場合」は、積極的にポジティブな状態を生み出すことを基本に、接客がサービスの枠を超える。
ただしそれは、しくみに定められた範囲内で行うことになる。

特にハイクオリティのサービスや老舗のサービスのしくみに「トータルサービスを通じてお客様に貢献する接客を行う」という主旨の決まりを持っていることがある。

このような接客の行動を決めるしくみは非常に細かくルールとして決められる。
たとえば、ラグジュアリーホテルとして有名なリッツ・カールトンではエンパワーメントがしくみに組み込まれている。
エンパワーメントとは権限委譲のことであり、上司の判断を仰がずに自分の判断で行動できること、セクションの壁を越えて仕事を手伝うときは自分の通常業務を離れること、1日2000ドルまでの決裁権の3つがルールとしてしくみ化されている。
(「サービスを越える瞬間」高野登著より抜粋)
接客はこのしくみとしてのエンパワーメントを、サービスの枠を超えるというよりは、サービス提供の一部として発揮することができる。

リッツ・カールトンにはドラマのような感動ストーリーが数多くある。
リッツ・カールトンで実践されている、おもてなしの心やホスピタリティ、先読みのサービスなどを取り入れることで、自分たちのサービスを良くしていこうという動きを見かけることがある。
ところが、ほとんどの場合上手くいかない。

その理由は、リッツ・カールトンの立場では「本当の意味でのおもてなし」「ホスピタリティの理解と実践」「気配りと心配りのバランス」など、心構えや実行動が充分ではないという判断になるのかもしれない。
しかし、サービス作りの視点での判断はこの考え方と異なる。

リッツ・カールトンを正しく知ろうと試みた人であれば、そのサービスの根底にあるコンセプトの完全さをすぐに理解することができる。
クレドというコンセプトを表した、4つ折りの名刺大サイズのカードを全従業員が持ち、毎日ミーティングで確認する習慣がある。

または、コンセプトはハードに徹底的に反映されている。
もうひとつの我が家の様にくつろいでもらうというコンセプトを実現するために、統一されたサービスを提供している。

基本サービスである宿泊に関しては、ベッドの心地の良さ、バスルームの広さなど申し分ない。完全防音は静寂な空間を提供してくれる。

さらにしくみが構築されている。食べ物の好き嫌いが記録され、ホテル内のどのレストランでオーダーをしても嫌いな食べ物が出てくることはない。
枕の素材を一度代えると、次に宿泊するとも同じ素材の枕が用意される。

このような良質の接客を自分たちのサービスに取り入れてもうまくいかないのは、コンセプト、ハード、基本サービス、しくみを完全な状態に整えた上で接客の役割を決めるという手順に原因がある。
コンセプトからハードと基本サービスを作り、しくみでそれを運営するルールを決める。
残った部分が接客の仕事になる。

これら一連の流れを無視して、表面上の接客を取り入れても、提供される意味、環境、コンセプトの違いによって上手くいかない。
サービスのバックグランドが明確に決まり、作られているからこそ、リッツ・カールトンの接客は最高のパフォーマンスを発揮する。だから、コンセプト、ハード、基本サービス、しくみの全てが異なる自分たちのサービスに、リッツ・カールトンの接客のすばらしい部分を取り入れてもうまくいくことはない。

しかも、そういったすばらしい効果を発揮する接客は、(リッツ・カールトンのように)しくみによってトータルサービスに組み込まれている必要がある。
接客のコミュニケーションスキルを高めることや、人の気持ちがよく分かる人を採用するだけでは、接客はうまく働かない。
まずはトータルサービスに沿った、一番すばらしい形でサービスの枠を超える接客を決め、次に何をどのように行っていいのかということをしくみ化することで、より良い接客がサービスをリードしてくれるようになる。

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