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接客の本質

接客者に求められる特質

接客者として仕事を行い、成果を出す上で最も求められることは何か。
接客を成り立たせている特性は3つある。

 事業の中で活動する
 調整(マッチング、統合、バランス)を行う
 人に関わる

この3つの特性に共通しているのは、第3の特性である「人に関わる」である。
事業内でも同僚、上司、取引先、業者などと関わりを持つ。
調整では、片方ともう片方、それぞれ別の人と人(法人であっても)を理解し、どちらにも満足のいく成果を提供する。
こういった意味で、接客は必ず人に関わる。

人に関わる上で大切なことは、コミュニケーションでもスキルでもない。
気持ちでもない。
サービス提供を行うことでもない。
人に関わることで最も大切なことは真摯さである。
では真摯さとは何か?

真摯さは一般的に、まじめでひたむきであると意味される。
しかし、それだけでは単なる個人の気持ということになってしまう。
真摯さを作り上げるものは3つある。

  真実を基準とすること
  誠実さを前提とすること
  貢献を目的とすること

たとえば「美しい」という言葉は表現を前提として使われる。
それでは「真摯」という言葉は何を前提に使われるか。

「真摯」は行動を前提に使われる。
行動を前提にして、行動の源泉になるものは何か?を表すもののひとつが「真摯さ」である。
最終的に行動の積み重ねは人間を作る。
人間性や人格を評価する言葉としても「真摯」は使われる。
しかし接客では、人間性や人格ではなく、行動の前提として「真摯」を考える。

したがってそれは、個人や仕事を表すような他の表現では説明されない。
つまり、実力、清廉、正直、義務、権利、潔癖、完璧主義
責任、権限、プライド、プロ意識、などの言葉で説明はできない。

個人そのものを表す言葉ではなく、仕事の分野に捉われる言葉でもなく、行動の前提として「真摯さ」はある。
つまり真実を基準とし、誠実を前提とし、貢献を目的とすることである。

仕事上はもちろん、一個人の行動としても結果や成果を定義しない。
真摯さはあくまで行動の前提になる。

この行動の前提として、最も適切な実例は裁判官である。

政治は立法、行政、司法に分離されているが、この中で司法だけが直接的に人と関わりがある。
立法は法を作り、行政は運営する。
運営の中には警察のように人に関わる仕事もあるが、警察に真摯さは必要とされない。
行政に求められるのは成果である。
しかし司法は違う。

司法を動かす裁判官に求められる資質こそ、接客者に求められる資質「真摯さ」と同じである。
裁判官にも求められる真摯さは、次のような形で具体的に必要とされる。

真実を基準とすることというのは、
「物事の本当」は何であるか、を軸にするということである。
自分の経験、感情、人の気持ち、気分、社会的な認知、刷り込まれた価値観、恐怖による支配、愛など、定義が広いにもかかわらずもっともらしく使われる基準、などは軸にしない。

軸にするのはそういった事実ではなく、真実とする。
真摯さは正しさ、つまり「物事の本当」を基準にする。

誠実さを前提とするということは、真実の理解を受け止めるために必要な人を思いやる気持ちである。
人というのは自分も含む。

何のために真摯さが接客で必要とされるのか。
それは接客者が調整者だからであり、調整者は公平でなくてはならない。
仕事の上では成果に対して公平でなくてはならないけども、その行動の前提は、自分と他の人全てに対して公平でなくてはならない。

この基準が真実となるが、人によっては真実を見たくない人も、避けたいと考える人もいる。
真実が都合の悪い人もいる。
そういった人々に、それでも伝えるべきを伝え、行うべきを行い、避けたいことを避けずに向き合うために必要なことが誠実さである。
根性やガッツではない。
責任(感)でもない。

重い病気を告知する医者を思い浮かべればわかる。
末期癌を告知する医者は、癌が真実であるかどうかを基準とし、真実であるのならばそれを伝えること(あるいは今はまだ伝えないこと)に誠実さの前提を求められる。
誠実でない医者の告知は暴力と同じである。

貢献を目的とするというのは、真実に誠実に向き合い、さらに自分ができることを一生懸命行うことを指す。
私があなたにできる精一杯は何か。
私の強みをどのように利用してもらえるか。
どんなに小さいことであるとしても自分が本当に役立てることは何か。

こういったことを考え実行し、結果として役に立った事実が残ってはじめて貢献したと言える。
しかし、真摯さはまず行動の前提を意味するので「結果として役立つつもりがある」「結果に必ずたどりつく」という前提で行動する。
そして、この3つのプロセスを経て、貢献による成果が蓄積された時にはじめて、「行動の前提」としてではなく「人間性」「人格」として「あの人は真摯な人だ」などと使われるようになる。

接客者として「真摯な人である」と評価されることは、多くのことを意味する。
ただ単に安心できるとか、信頼できるということだけではない。

安心、信頼と共に、公平であるということ、本当のことを知ろうとすること、人の気持ちを必ず考えてくれること、つらいことから逃げずに向き合うこと、自分が何ができるかを考える人であること、頼りになる人であること、顧客のためだけではなく事業のためにも尽くす人であることなどの意味を全て含む。

このような接客者が提供するサービスは厚い信頼を得る。
あるいは、このような接客者が販売する商品は売れる。
このような接客者を抱える事業は発展の可能性が高く、しかし逆に、このような接客者を見つけ、育て、報いる事業運営を行わなくてはならないということでもある。

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