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サービスの変化に対応する

文化の変化


文化の変化は、社会で認知されている常識が変化することを指す。
これまでの常識が、これからの常識ではならなくなる。
この変化の普及にかかる時間は技術の変化のよりも長く、少なくとも10年はかかる。

第二次世界大戦は1945年に終結した。
この大戦を境に、それ以前とそれ以降で人々の服の趣向は文化的に大きく変化した。

現在の西ヨーロッパでは大戦前まで、男性の外出着は必ず背広と決まっていた。
帽子着用も常識だった。
しかし、第二次世界大戦が終結すると、急速に普段着と仕事着に変化が見られるようになった。
衣類における人々の生活文化が変化した。

日本でも昭和初期までは、男女とも着物を着る人が圧倒的多数を占めていた。
洋服を着る人も現在の洋服ではなく、いわゆるヨーロッパで紳士が着ていた背広を着用した。
この傾向は大正時代から始まったが、洋服を着ることができたのは一部の富裕層だけだった。

この生活文化はわずか100年のうちに、昔の面影を感じることができないほど変化した。
アメリカの開拓者や労働者が着用していたジーンズを履き、その組み合わせに昔ヨーロッパの金持ちしか着用できなかった、動物の毛皮のマフラーや皮のコートを着るようになった。

これが文化の変化である。
このような変化がもたらされるとき、提供するサービスも見直しを迫られずにはいられない。

イギリスの背広仕立ての名門店「サビル・ロー」はこのような変化に対して伝統を守った。
衣服が変化する時代においても、せっせとこれまでの伝統的な背広を作り続けた。
多少のサービスプロセスが変化しても、コンセプトと伝統を守って現在も不動の地位にある。
昔ながらの伝統的な背広を作り続け、提供し続けるサービス提供者のまま、今日もサービスを提供している。

これは、変化に対応しなかったことを意味しない。
文化の変化を見越した上で、伝統を守ることでサービスを再定義し、コンセプトの反映を行い、生き続けることができた好例である。
位置づけとしては郵便事業と同じになる。

一方で、精密な馬具を作るメーカーとして19世紀末既に名のあったフランスのエルメスは、一族内で確執がありはしたものの、革製品(主に鞄)の製造という一見全く異なるサービスに移行することによって存命し、ブランドを高めた。

後にスカーフという革製品ですらないサービスを取り入れる際にも、品質が絶対であるというエルメスの伝統とコンセプトが揺らがず、ことに馬具製造時代の技術を生かした革製品は、継続してサービス提供している。

19世紀末には既に信頼あるブランドであったエルメスが、文化の変化によって馬車の普及が下降することを見越し、馬具を提供するだけではサービスが機能しなくなることを予想したとしても、サービスを再定義しなければ今日の世界ブランドとしての発展はなかった。それどころか生き延びることすら難しかった。

足袋屋という、文字通り足袋を売る店が現在でもある。
着物同様、足袋は日本人の普段着だった時代が確かにある。
しかし、洋服の普及と共に日本人の服飾文化は変化し、やがて足袋に代わって靴下が普及するようになった。
文化の変化によって、遅かれ早かれ足袋屋はサービスを離婚し、再定義しなくてはならなくなった。

単純化すれば足袋を提供し続けるか、靴下を提供するかを問われた。どちらを選んでもサービスは再定義された。

足袋を提供し続ける場合。
それまで足袋は普段着として提供されていた。
それがサービスの定義だった。
しかし文化の変化によって、足袋は着物を着る特別な場面(結婚式などの式やお茶などの稽古事、行事)にのみ必要とされるようになった。
提供する商品は変化しなくても、提供する意味が変化した。

だから足袋だけを売り続ける場合も、これまでの「普段着として提供する足袋」というサービスは一度捨てた。
そして足袋そのものの意味を再定義して、改めて「冠婚葬祭などの正式な行事をサポートする」などの新しい意味を持って提供されることになった。
サビル・ローの提供する背広と同じである。

靴下を売る場合、これとは逆のことが起こる。
靴下が新しい時代において「足元の普段着」であることは、これまでの足袋と変わらない。
しかし商品が変わる。
商品が変わった時点で、既に足袋屋と呼ぶことはできなくなる。
サービスとして普段着の足袋を提供するとは言えなくなってしまう。

靴下屋になった時点で、見た目も明らかにサービスは再定義される。
やはり普段着としての足袋を提供するサービスを一度捨て、靴下によって提供するサービスが再定義され、新しいサービスを提供することになる。
エルメスのケースと同様である。

文化の影響を受けるサービスは必ず変化する。
一度これまでのサービスを捨て、再定義される。
ただし、最提供から再生までのスピードは、文化の変化の長さに比例する。
短くても3年はかかる。

背広、馬具、足袋は、どれも文化の変化に影響を受けている。
背広はこれまでの洋服文化が変わることによる影響を、馬具は鉄道の普及によって人々の生活文化が馬を利用しなくなるという影響を受けている。
足袋は普段着が変わるという影響を受けている。

しかし、影響の度合いや範囲、意味は異なる。
普段着が普及しても、結果として背広がなくなることはなかった。
車や鉄道の普及は馬車の存在を許さなくなった。
足袋は特別な場合のみ生存を許された。
これによって、文化の変化にも影響を受ける分野と受けない分野があるということが分かる。
影響を受ける場合にも、大きな影響がある場合と、小さな影響がある場合がある。

いずれにしても、サービス提供者は文化の変化よってサービスを再定義しなくてはならない。
必ず再定義と再生のプロセスを経て、提供するサービスの「意味」を変化させなくてはならない。

文化の変化も技術の変化と同様、観察することで対応する準備を行う。
なぜなら技術の変化と同じく、変化を見分けることが難しく、正しく観察した場合でもどのようにサービスを再定義するかが重要な課題となるからである。
再定義の方向を間違えるとサービスは崩壊してしまう。

技術の変化と異なるのは対応期間が長いということで、準備に充分な時間的余裕がある。
しかしこれは同時に、対応が遅くなってからではサービスの再定義が間に合わないことも意味する。

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