Esmose

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カッコいい大人になるヒント

自分が豊かになる


つらい経験を生かして、
将来、同じ立場の子ども達に救いの手を差し伸べてあげたい
と考える、素晴らしい人がいます。

しかし、
ほとんどの場合
それはうまく行きません。

うまく生かせるためにはどうしたらいいかを考えてみましょう。


人は、自分が経験したことを大切にします。
誰でもそうです。
そして、それは間違いではありません。

しかし
経験がイコール人の役に立つと思うのは間違いです。

ただの経験が役に立つのなら、
子供の頃に虐待を受けた人は、誰しも今虐待を受けている子の役に立ちます。
子供の頃に孤児院で過ごした人は、誰でも今孤児の子の役に立ちます。

そういうことは、残念だけどありません。


過去、
自分がつらい経験をして
だからこそ、同じ境遇にある子の役に立とうとする人。
そういう人はなかなかいません。

だからこそ立派な人です。

しかし、世の中は必ずしも立派な人が
物ごとをうまくできたり、
人にいい影響を与えることができたり、
欲しい結果をつかむことができたり
するわけではありません。


物事をうまくでき、
人にいい影響を与え、
欲しい結果を得ることができるのは

溢れる情熱と共に
正確な知識と、柔軟な知恵が必要です。

熱いハートと共に、
冷静な頭脳が必要です。

どちらがどのくらい必要ということはありません。
ひょっとすると、知識や知恵はそんなに必要のない場合があるかもしれません。

しかし、ひとつハッキリ言えるのは
ハートと頭脳のどちらを持ち合わせていても、
その両方を使って「豊かさ」を持ち合わせていない人は
結局失敗します。


今自分が豊かでない人は
たとえば、
批判したり、
否定したりします。

虐待を受けている子を何とかしたいという熱いハートがあり、
虐待から逃れるための知恵を与えることができても、
自分が豊かでなければ、
それは
自分の子ども時代の復讐のためにそれをやっているだけです。

「虐待を受けている子の役に立ちたい」というのは
ただの、自分の都合を正しく見せるための手段です。


豊かさには色々あります。

お金があるということも豊かであることです。
心が広いということも豊かな証拠です。
愛を知っている人も豊かです。

人が本当に他の人に貢献できるのは
自分が
お金や、知恵や、寛容さなどを
人よりちょっと多く持っている場合だけです。

マザーテレサのように身を半分以上犠牲にして
人のために尽くすという行為は普通の人にはできません。
また、そうする必要もありません。

しかし、そのマザーテレサも
根本のところでは、心が豊かであり、
ハートと頭脳を持ち合わせていたわけです。


人に仕える、奉仕する。
人の役に立つ、貢献する。

こういうことは、理想はどうかわかりませんが
現実には何かを人より多く持っている人が
それを持っていない人に対して働きかけるときに成果を出します。

持っていないもの同士、弱いもの同士、貧しいもの同士の
助け合いは、人に役立っているように見えますが、そうではありません。
それは
協力であり、協調であり、励まし合いであり
または傷の舐めあいであり、単なる同じ境遇の者の集まりです。


人に貢献しようと思ったら、
まず自分が「豊か」にならなくてはなりません。
何か、これと思うものは人によって違います。
強さかもしれないし、
心の広さかもしれないし、
お金の量かもしれないし、
頭の良さかもしれません。
人脈の広さかもしれません。

どれにあるにしても、それが自分の「豊かさ」であって
はじめて人の役に立つことができるのです。

それを行わずに、
「自分のできることからやる」
という、一見正しそうな理由で何かを行っている人は
自分のできることの小ささや、成果が出ないことに気がつきません。

そういう人は、
得たい結果のために頑張るのではなく、
頑張っている自分に酔うために頑張るのです。

せっかく人にはない経験をしてきたのに、
そういう大人になってしまってはもったいない限りです。


僕は、
このブログで、皆さんの役に立とうという気はありません。

必要なヤツは、自分の生きる知恵をして盗んでいってほしいと思っています。
だから、感謝してほしくて書いているわけでもないし、
批判がきたところでなんとも思いません。

このブログは、「知恵」です。
「知恵」は人によって役に立つ場合と役に立たない場合があります。
必要な場合と必要でない場合があります。
好きな場合と毛嫌いする場合があります。
だから、うまく利用できる人が自分のために使えばそれでいいんです。

しかし、このブログを今まさに書いているのは、
子ども時代よりも、
青年時代に苦労と努力をしていた頃よりも、
自分で未知を切り開いて「やってるぞ」と実感していたときよりも
「豊か」になっているからです。

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