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走れ!京都の女中

京都のみならず、全国でも景勝の地として有名な京都の嵐山に、一軒の老舗有名旅館がある。
この旅館、サービスに一定の定評があり、サービスを少し深く学ぼうと試みたことのある人にはよく知られている、少しばかり有名な美談がある。
ある日、チェックアウトをしたお客の部屋を片付けていた女中は、部屋の片隅に財布があるのを見つけた。
その財布はどのように考えてみても忘れ物であるに違いない。

お客は既にチェックアウトしていたが、女中はこの部屋に泊まったお客との昨日の会話を覚えていた。
それは確か、チェックアウトをしたら今日はもう観光などをせずに、真っ直ぐ東京に帰るという話だった。
京都駅までの所要時間をお客が尋ねたことに、女中は応えたのだった。

そしてその会話の中で、女中はただ単に「1時間あれば十分」などとは言わなかった。
お客の予約している新幹線の時間を聞き、お土産を買う時間なども逆算して、余裕のあるチェックアウトタイムを伝えていた。
つまり、新幹線の出発時刻を知っていた。
女中は急いで時計を確認する。

すると、今急いで京都駅に向かえばギリギリ財布を手渡しできるかもしれなかった。
物が物であるだけに後日郵送というわけにも行かないだろうととっさに判断する。
女中はタクシーに乗り、一路京都駅へと急いだ。

京都駅に着くと、もう新幹線の出発時刻は迫っていた。
どのようないきさつでそのお客が新幹線に乗ることができたのかは私にはわからないが(おそらく財布とは別にチケットを持っていたのだろう)、女中はプラットホームから今にも出発しそうな新幹線の窓を覗いた。
しかしこのような時のお決まりか、お客は見当たらない。
もしかすると、財布がないことに気がつき乗ることができなかったか、やめてしまったのかもしれない。
そう思いはじめたとき、女中は窓の内側に今朝方チェックアウトしたそのお客を見つけた。
だが、ちょうど新幹線の出発時刻になった。
女中は迷うことなく新幹線に飛び乗り、動き出した新幹線の中で無事財布を手渡すことができた。
お客が厚く感激したことは言うまでもない。
そのとき旅館で何が起こったのか

この美談を聞いて、何と素晴らしいと思わず感激してしまう人や、そういう真心のこもった対応をしてくれる旅館ならぜひ一度泊まってみたいと思う人は多いだろう。
先にお断りしておくと私だってそう思う。

しかし実は、サービスとしての女中の行為はかなりの誤りを含んでいる可能性がある。
考えてみてほしい。
そのとき旅館はどうなっていたのだろうか。
他のお客へのサービス提供は滞りなく行われていたのだろうか。
あるいは、女中が1人勝手に飛び出したために同僚の負担が増え、それによっていつもの接客ができなかったということはないだろうか。

そのとき旅館で何が起こっていたのかということが明らかにならなければ、残念ながらこのストーリーをして、素晴らしいサービスだと判断することはできなくなってしまう。
他の何組ものお客が、当然受けられるべきサービスを受けることができないような事態になっていたとしたら、客観的に見てむしろ、サービスは非常に悪いということになってしまう。

この女中のストーリーが美談になるかどうかは、接客に対してサービスの一定の条件が満たされているかどうかにかかっている。
バースデーケーキのろうそく

「サービスを受ける技術1・2」では効用と約束によって基本サービスを選ぶことで、失敗の可能性を減らすことができるということを示してきた。
接客者の態度や気分の高揚によってサービスを利用しなくなると、結局損をするのは自分なのだということを見てきた。

しかし、最低限のサービスを受けるだけでは、ろうそくのないバースデーケーキでお祝いするようなもので色気も味気もない。
バースデーケーキがあれば最低限誕生日を祝うことはできる。
しかし年齢の本数分ろうそくがなければ、誕生日らしい気分にはならない。

基本サービスの役割をバースデーケーキとするなら、接客は誕生日であることをはっきりと意識させるろうそくの役割がある。
ただの飾りではなく、サービスをより色濃くするために必要なツールなのだ。

ろうそくにはルールがある。
誕生日を祝うバースデーケーキのろうそくには、年齢の本数分をケーキに挿すことや、点した火は誕生日の当人が息を吹きかけることで消す、などのルールがある。
この儀式のルールを守らなければ、ちゃんと誕生日を祝ったことにはならない。

このろうそくのルールと同じように、接客にもサービス上の一定のルールがいくつかある。
ここではまず京都の女中のケースを考えるのに必要な、サービスのしくみを取り上げてみることにする。
サービスのしくみはサービスを動かすために必要な全体的のルールのことだが、もう少し身近にマニュアルであると考えてもいい。

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