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遺書を書くこと:コロシを考えること

タイトルが穏やかじゃないですね~。
でも、穏やかな生活ができない人ってたくさんいると思うから、そういう人に向けていっちょ書きます。


僕がはじめて遺書を書いたのは10歳の時です。

それまで、ほぼ毎日

「あー、今日こそは寝てる間に殺されるな」

と思っていましたが、
反面、

「まぁ、それもしょうがないか。寝てるときなら痛くないかもしれないし」

などと思っていました。

それがある日、
今度こそマジで殺されるに違いない。
と思い、

なんだか一方的にやられるのは損な気がして
「犯人はあいつだ」と、誰かに見つけてもらうために書きました。

これこれこういうことがあったから、というのを詳しく書きます。
最後に、だから今日殺されると締めくくります。
もし本当に殺されたら、それが証拠になり、しかも「ひどい話だ」になるわけです。


毎日そう思っていたので、
それを毎日1週間続けました。
そして、やめました。

毎日毎日同じようなことを書くのに疲れたからです。

また

「ま、いーか。人間死ぬときゃ死ぬし」

と冷めて、あきらめました。


けれども、
何かを文字にして出してみるというのは
いろんな意味で効果があります。

僕のように、証拠になったり復讐になったりする場合もあるし、
気持ちがスッキリする場合もあります。
死を覚悟すると、意外に思い切って行動できたり、
小さなことにいちいちくよくよしなくなります。

だってそうですよね。
多少ムカって来ることがあっても、そんなの死ぬ覚悟に比べたらどうってことありません。


一方で、13歳の時に
今ここで母親を殺してしまうかどうか、
というのにすごく悩みました。

今はどうかわからないけど、
確か、当時は14歳までの殺人なら罪を問われないということになっていたと思います。

「やばい、14歳までにどっちにするか決めなくては」

と、悩みました。
毎日よーく考えましたね。

さくっとやってしまった場合、
最低でも少年院(少年刑務所?)に入る。
刑務所じゃないけど、やっていけるだろうか??と、イメージしたりしました。
近所というわけでもないけど、自転車で30分ほどのところに少年院があったので、

「あそこかー。うーん」

と、だいぶ悩んだものです。


ま、結局殺さなかったわけです。
殺さない方を選んだというよりは、
悩んでいるうちに14歳になってしまい、

「ああ、もうダメだ」

と思ったからです。


誰かを殺そうと思っている人。
または、
自殺しようと思っている人
まず、遺書です。

間違いない!!

まず、遺書を書いて気持ちも考えも怒りも悲しみもまとめるんです。

まず、書く。

これは、殺人や自殺を止めるために言っているのではありません。
全部をまとめることで、

やめるなら納得してやめれる
殺すなら、ちゃんと殺せる
自殺するなら、笑顔で死んでいける

からです。

これをしないと、やり直しがきかないことを中途半端な状態でやってしまって、必ず後悔します。


まず、殺人の方。
衝動的に刺す、なんてのはカッコ悪い。
バカ丸出しです。

どうせやるんなら、
捕まった後の手を打つとか、
完全犯罪目指して絶対ばれないようにやるとか、
限界にチャレンジすべきです。

僕は子供の頃、赤川次郎のミステリーばかり読んで、かなり頭をひねりました。推理小説なら江戸川乱歩とか、シャーロック・ホームズとか。
とにかく勉強しました。

今なら宮部みゆきとか、東野圭吾の「白夜行」くらいはちゃんと読んで自分らしく、絶対後悔しないようにやるべきです。


次に、自殺を考えている人。
絶望して、苦しんで死ぬだけじゃやはりカッコ悪い。

だいぶ前にニュースで、遺書に「○○君のいじめのせいだ」と書いて、
見事に復讐を果たした子もいたけど、50点。
カッコよくない。

自殺をするのは人間だけです。
どうしてかというと、
人間は本心から何事も「自分で選べる」と思いたい生き物だからです。

ところが、世の中ままならない。
苦しいだけの人生に意味を見出せない。
そんな中で、
唯一自分の思い通りに選ぶことができるのが自分の命を絶つことです。
ある意味、人間らしい行為です。

ただ絶望して死ぬ人はつまり「死だけ選べる人生でした」です。
遺書に犯人の名前を書くのは「死と復讐だけできました」です。
カッコよくない。

お前、生きてきてできたことは2つかよ?
って、カッコ悪い。

どうせ死ぬんなら、
ちゃんと相手に複雑な濡れ衣を着せるとか、
頭を使うべきです。

道連れだと弱い。
「死と道連れだけ人生でできました」になってしまう。
悪いやつから金を奪って、濡れ衣を着せたいヤツが盗んだように見せるくらいのことはやるべきです。

もしビルの上に立って、
最後に「やっぱ怖い」とか言い出さないくらいの覚悟があるのなら、
最後にもうひと仕事やるべきです。

マラソンでも、混戦しているとラストスパートが勝敗を決するんです。


個人的にいうと、僕は殺人も自殺もしませんでした。

まあ、それはそれでよかったわけです。
子供の頃に書いた遺書とか、読みまくった数百冊の本の知恵は結局生きることになりました。

今では、嫌なやつに「嫌い」といいますし、
こうして文を書くこともできます。

ともあれ、自殺にしても老衰にしても、
刑務所に入るにしても、
桜の花は散るときが一番美しいものです。

そこでカッコ良くできないヤツは
生まれてきたことがギモンだということです。

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