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01. あとがきにかえて

このコラムを最後まで読まれた皆さんお疲れさまでした。

強みは必ず誰にでも備わっているものなので、皆さんが強みを発掘し生かすために役立ったのならうれしく思います。

いくつか実例を出してきました。
強みに関して私が実際に見たり聞いたりして「分析した実例」が27。もっと一般的な世界から強みとして「取り上げた実例」が19あります。

うまくバランスを取るつもりでしたが、最後の方は分析した実例の方が少し多くなってしまいました。
ただ私自身の実例を除けば同じ人に2度登場してもらうことはありませんでしたので、その分より多くの人の強みをご紹介することができたと思います。

一般的な例も、よりバリエーションのあるイメージを広げてもらおうと考え、ジャンルが偏らないようにしたつもりですが、その都度最も適切な例を書くようにしたので、結局ファッションと歴史に関する例えが少し多くなってしまいました。

強みは「よくわかりにくい」上に「個人によって異なる」という特徴があるので、強みがどんなであるか正確に知ってもらうため、実例を多く取り入れる書き方をしましたがいかがだったでしょうか。

うまくイメージ化することができたのであれば幸いです。


 

東の国で偉人が2人死んだのは事実です。

「亡くなった」ではなく「死んだ」と書くのは、世の中の決まりごとや礼儀ではなく事実ありのままに物事がどうなったのかということを書きたかったためで、個人に対する蔑視などではありません。
一応お断りしておきます。

どうして事実ありのままに「死んだ」と書く必要があったのかというと、強みの発掘や強みを生かすときにその考え方が最も必要なことだからです。

私たちは社会の決め事、「やらなければならない」こと、ルール、評価などで自分らしくない生活を余儀なくされることがよくあります。
私の知人のある営業コンサルタントは「心(本能的な部分)で相手と会話(感情)を交わすことができる」「物事を哀しむことができる」というような強みを持っていますが、仕事ではその強みは一切生かされていません。

元気、努力、成績、スキルなど、社会的に必要なことを追い求め、エネルギーを爆発させて毎日を生きています。
生き方はその人が決めるので私にそれをどうこういう権利はありませんが、本来の自分が押さえ込まれて、なおかつ社会的に作った自分を「これが本当の私」としている姿は見ていて痛々しく、そしてとても残念に感じます。

彼女の場合はまだ圧倒的な成果を生み出す力があるからいいものの、その方法では成果を生み出すことができない多くの人(これが普通)はただ単に苦しむだけという状態になっています。

だから、社会的にどうなのかということよりも、事実どうなのかということを重要視したかったのです。


 

ところで「偉人」は、「卓越者」の積み重ねです。

「卓越」は「強み」の積み重ねで、「強み」は一人にいくつもあるので発掘し続けなくてはなりません。
しかし元々できてしまうことをやるのだから、そんなに苦痛は伴いません。むしろ自分のあるべき姿が明確なので迷いなく行うことができます。

事実、2人の偉人は他人から見れば絶対に不可能だと思えるようなことを積み重ねて「偉人」になったようです。
「なったようです」というのは本人に直接話を聞いたわけではなく、本や人づての話から判断せざるを得ないからです。

しかしそれでも、2人の偉人が世の中に残した考え方やスキルや魂が現存して多くの人に勇気と実益を与えていることは事実です。
私たちも自分の強みからスタートして、2人の偉人ように多くの人にも何かを残せるような人生を歩みたいものです。

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