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マーケティングの勘違い

マーケティングだと思われている販売促進

今ここに、グラスに入ったお茶がある。
お茶は茶色で、それをある人がウーロン茶だと言ったとする。
そこでまた別のある人が、ウーロン茶を飲んだことがあり、色を見てウーロン茶だと断言する。そして、ウーロン茶を飲んだことがない人に「飲んでみろ」と勧める。

はじめてウーロン茶を飲んだその人は、こんなに香ばしいお茶があったのかと驚き、また別の人に勧める。
そしてそのウーロン茶は多くの人に支持され、ウーロン茶のブームがやってくる。

しかし、実はそれは麦茶であったりする。根本的に間違っていたりする。
これと同じことがビジネスの世界で起こっている。

多くの人が、マーケティング活動だと信じて疑わずに、販売促進をせっせと行っている。
マーケティングは売ることだと信じ、そのために様々な工夫を凝らすことがマーケティング活動だと思っている。

たとえば興味を引く宣伝広告、小冊子やメールマガジンで無料提供する情報、SEOなどのことである。
しかし悲しいことに、そのほとんどは販売促進活動であってマーケティング活動ではない。

作戦を立ててあらかじめ全体的に勝つようにするマーケティングではなく、とりあえず目の前の戦闘に勝つために作戦を立てる販売促進を行っているにすぎない。
戦略ではなく戦術を使っているに過ぎない。

マーケティングは「売ること」だという大きな勘違い

マーケティングを「売ること」や「販売」だと考えている人は、マーケッターを名乗る人にも多く見られる。
「集客」することだと考えているような人もいる。
そして彼らのほとんどは、それが実はマーケティングではなく販売促進活動であることに気がついていない。

マーケティングは、お客が出発点であり終着点として考える。いつでもどこでも、お客が中心で、お客の考え方が正しく、お客主体であることがマーケティングの基礎である。
これに対して販売促進は事業とビジネス中心である。

ここで良く考えてみてほしい。
「売る」ということはお客中心だろうか?

このような質問を投げかけると返ってくる、ある答えの傾向がある。販売促進をマーケティングだと信じて疑わない人たちは大体このような答えを返す。
「売ることによって、お客にメリットやベネフィットを提供している」
「その結果お客に喜んでもらうことができる」
「つまり、お客のために私たちは売ることを真剣に考えているのだ」
と。

これは後付けの理由である。
「自分が」売るため、稼ぐために後から考えられてつけられた、ついでの利点でしかない。
この答えを真剣に語る人たちは、別に深くお客のことを考えているわけではない。
少なくとも事業のことや売上げ・利益よりも優先しては考えていない。あるいは、事業のためにお客のことを考えているにすぎない。

「売る」という言葉が表す意味が、既に自分中心であることに気づいているだろうか。
自分たちのパワーを相手に向け、興味を引き、背中を押せるように筋道を作る。それが「売る」ということであると知ってほしいと思う。
これが販売促進の考え方である。

言葉を「売れる」に変えてもその内容は変わらないし、「販売」「集客」も同様に、事業を行っている者の欲求を満たす行動が、つまり販売促進である。

何のために販売促進を行うのかは人によって違うだろう。
社会貢献という大義を理由にする人もいるし、金持ちになりたいと言う人もいる。
しかしどんなに立派な理由があっても、それは自分が出発点であり、終着点であることに変わりはない。

私はそれを悪いことだと言っているのではない。マーケティングではなく、販売促進だと言っているのである。

マーケティング、つまりお客中心に事業を運営するのであれば「売る」ための活動は存在しない。
マーケティングでは「買ってもらう」ために何を行うか、ということが活動の軸になる。

「なんだ、結局買ってもらうと言ったって、それは売ることと同じじゃないか。百歩譲って違うことだとしても、結果的にお客がお金を支払って企業から何かを手に入れるということは変わらないじゃないか」と思う人もいるかもしれない。

しかし実は「買ってもらう」と「売る」の間には、月とスッポンほどの差がある。

売ることと買ってもらうことを同じだとする考え方は、「ウーロン茶も麦茶も結局茶色なわけだし、どちらもお茶であり、のどを潤すし、美味しいと思われているから別にいいじゃないか」と言っているのとあまり変わらない。

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