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序章 - 東の国で偉人が死んだ

大切なことのひとつ目〜個別化

 

それからしばらくして「あれだ。あれがそうだ」と思った。

心理学に、人格分類の最も基本的な考え方として類型化というものがある。
一番古くて単純な考え方は、痩せ型、肥満型、筋肉型の3タイプによって人格が異なるというもので、痩せ型は神経質で、肥満型はいい加減、筋肉型は意気揚々というものだった。
当たらず遠からずといったところだろうか。

世の中で役立っている多くのツールはつまり、これと同じ「類型化」されているものなのだ。

これは当たり前といえばやはりそうで、タイプ分類がないと何を基準にしていいのかわからなくなってしまう。
基準があいまいなものは世の中に受け入れられにくい。
ましてビジネスシーンで活躍するとなれば、シンプルで力強いツールが支持されることは間違いない。

それはそれでいいと思う。
いや、むしろ積極的にそうあるべきだと思う。

しかし「強み」が何か?を考えたときには、これはきっと無理がある。と、強みを書きはじめた最初の段階で思った。

「強み」をまとめていくのなら、類型化ではなく個別化する必要があると感じた。
そういうわけで、類型化されたツールには飽きてしまったということだった。


 

類型化が分類とタイプによって物事を当てはめる方法だとしたら、個別化は「その人だけ」が持つ特徴なり、性質をありのままに見る方法だといえる。

一応基本的に「同じ人間はいない」というところから出発して、オリジナリティが何かということをはっきりさせる。
だからタイプ分けすることができない、という考え方をする。

それが、死んだ2人の偉人のもたらした考え方に近かったのではないかと思った。
実際彼らが残したものを学んでみると近いということがわかった。

前者は個人が持つ強みの発掘方法についても書き残した。
後者は直接強みという考え方は行わなかったが、個別化することを常態化した。

ただどちらの偉人も強みだけを深く掘り下げて体系化はしなかった。
だからというわけではないが、私は強みをまとめることにした。

まとめる前に自分の強みを知るようにし、人の強みを発掘する経験を積んだ。
何人もの強みを発掘する作業を行った。
これが私の性格に合っていたのか、うまく行うことができた。
これまでにできなかったことができるようになり、同じように過ごしているはずの世界の見え方が変わった。

強みに気がついてそれを生かすようにした人の、エネルギーやオーラの強さが見るからに増した。

それはとても興味深くて、ときにうれしいことで、人間の可能性の大きさを目の前にして最初怯み、次に喜ぶことができた。

 

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