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サービスの本質

02.サービスの約束


「サービスは何をもって信頼されると思う?なぜ、信頼されると思う?お客様の機嫌を取って、いい気分になってもらうことで信頼されるわけじゃないよ。もしそうだとしたら、サービスは単なる御用聞きだということになってしまう。機嫌を取るのが上手いことが、サービスが良いということになってしまう。確かにお客様にはできる限りいい気分になっていただきたいし、それはその方がいいに決まっているじゃないか」

私はそうだなと思う気持ちと、そうかなと思う気持ちの両方を抱えながら首を小さく縦に振った。

「そう考えると、今日の接客は多少問題があったかもしれない。しかしね、彼(薄栗色の髪のスタッフ)はサービスの信頼は守ったよ。サービスにとって一番基礎になる信頼は『約束を守る』ということだよ。彼はこのデパートを代表して明日に必ず仕立てると約束した。その約束が破られたらどうだろう?そちらの方がサービスに対しては裏切りじゃないか?いくら愛想が良くても、遅れたことをお客様があまり気に留めなくても、約束したことを守ることのできないサービスはサービス失格。そういうサービスは、結局は誰からも信頼されないからね」

なるほど一理あると思った。同時に何か違う部分があるような気もした。

「サービスは誰に受けてもらうもの?」

突然質問されたことに少し戸惑ったが、簡単な質問だったので落ち着いて答える。
「それはもちろん、お客様です」
白髪のマネージャーは次の質問をした。

「お客様って誰?」

「それは・・・このお店で買い物をしてくださる全ての方・・・。いや、買い物をするかどうかはわからなくても、立ち寄ってくださる方もお客様です」

白髪のマネージャーは一度「うん」と言いながらうなずいて、私の認識の間違いをやんわりと否定し、足りない部分を補った。

「何かを買って下さったり、そうでなくてもこの敷地内に入って下さったりすることが私達のお客様だというのであれば、お金を払う人と払ってくれそうな人が、全てお客様だということになってしまう。それにお金を払うからお客様だと言うのであれば、それはサービスをご提供しているのではなくて商品とお金を交換しているだけじゃないかな。つまり商売の意味でのお客様であって、それはサービスの意味のお客様ではないんだよ。

サービスは約束を守ることが信頼を得るための一番の基礎だと言ったでしょ。何を約束するかはお店によって違うけども、その約束を守る姿を信じてくださる方の全てがサービスにとってはお客様なんだよ。だから何度も店には足を運んでくださるけれども一度も購買したことのない人や、最後に購買されてから三年が経ち、それ以降一度も来店されない方であっても、その人たちが私達の約束を信じてくださっていれば、そういう人全てがお客様だ。いつも店員を困らせる人がいたとしても、基本的に私達のサービスに信頼を持ってくださる方もお客様だ。

反対に、いくら大金を積まれても、私達のサービスを信頼してくれるのではなく、お金で自分の欲望を満たせばいいだけの人はお客様じゃない。それから、いくら愛想が良くて、スタッフと仲のいい人がいたとしても、私達の約束を信じてくれない人もお客様ではない。もちろんサービス業だって商売だから、購買の意思を示されればお売りはするけどね」

白髪のマネージャーは、どう俺、今格好いいこと言っただろ、という顔をした。
そういう茶目っ気のある年の取り方をしている人だった。
正直、なかなか格好良い人だった。

私はそのときにひとつだけ質問をした。
そのときはひとつしか質問が思い浮かばなかった。

「でも、約束って例えば何ですか。今日のことは仕立て日の約束でしたけど。他にどんなものがあるんですか」

マネージャーは、それは簡単だよと、少し自慢気な顔をした。

「例えばさ、君の仕事。免税の手続きするだろ。『あのお店に行けば必ず免税の手続きをしてくれる』ということが分かればお客様は安心できるだろ。それからこれ」

そう言いながら彼は商品として展示されているマフラーを手に取った。

「このアクアスキュータムのマフラー。イギリスのブランドだね。この店に来ればイギリスのブランドの商品、特に観光客のお土産として喜ばれるものがセレクトされて売っているということ。そういうことに観光客は安心できるし信頼してくれる。商品じゃなくてもいいよ。たとえば、このマフラーは18ポンドと決まっている。18ポンドのものは18ポンドでお買い求め頂く。1ペンスたりとも前後してはならない。当たり前のようだけどこれだって約束だよ。

それから、うちは寿司カウンターが併設されているでしょ。デパートだけど寿司を楽しむことができる環境を用意していますよというのも約束だよ。こういった約束は何も大きな声で宣言されているわけじゃないけど、確実に約束されてるんだよ。君だってメシ食いに行ってメニューの半分が品切れだったらげっそりするだろ」

マネージャーは、お客様のことになると言葉遣いが丁寧になり、スタッフの個人のことになるとフランクな話し方をする人だった。

「それと、イギリスにはイギリス人のルールがあるからね。うちもそうだけど、どのお店だって閉店時間になると一分たりとも長引かせずにキッパリ店を閉めるだろ。お客様も追い出して。これだって時間という約束を守る店であるということの表れだよ。これについて日本人の中には、サービスが悪いと言う人や、自分の都合の優先しすぎだと言う人もいるけどもね。本当はそうじゃないんだよ」

一通り言いたいことを言うと、白髪のマネージャーは次の話し相手になるターゲットを求めて去って行った。
彼はどんなことを言った後にも、念押しして「分かった?」などとは言わない人で、私はそこが好きでもあった。

結局このときの私は、その日に起こったことをどう判断していいのか分からなかった。
わかったことは、これまで抱えてきたサービスの常識に疑問符がついたことだった。そしてこの経験は、正しい質問を私の中に生み出してくれた。
「サービスとは『本当は』何なのか?」と。

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