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序章 - 東の国で偉人が死んだ

大切なことのみっつ目〜理性と感性

 

強みのことを最初にまとめたとき、強みのことを知って、発掘して、使いこなすためには「個別化」と「正しい妥協」がどうしても必要になると思った。
そして避けて通ることができないものがもうひとつある。

理性と感性の両方を使うということだ。

自然科学の世界では、たとえば核内のどこにたんぱく質があるのかというようなことを調べる時に、直感などの感性はほとんど必要とされない。
むしろ忌避される。
自然科学の実験で成果を出すためには、実験に次ぐ実験で大量のデータをそろえ、誤差をつぶして間違いなくこれが真実だというものを導き出すことにある。
予想からはじまるのではなく、事実の積み重ねの上に真実を見出す。

ところがこの科学の世界の中にも直感を働かしている人はいる。
低温殺菌法や狂犬病ワクチンを開発したルイ・パスツールは「科学的直感」を働かせたと言われている。
リンゴが落ちることで引力を発見した有名人だって感性を働かせた結果だ。

逆に芸術の世界では感性がとても重要である。
様々なストーリーを含み持つレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「モナリザ」がある。
私たちはモナリザを(たとえテレビやプリントでも)目にしたとき、何かわけのわからない興味を引かれる。目がそちらに吸い寄せられる。感性を刺激される。
それは遠近法だとか、手の大きさだとかが云々されることが多い。

しかし計算された絵画という意味では、実はモナリザの顔の左半分と右半分の描かれる角度が異なっているということが、私たちに何か微妙な違和感を与え、目を引く原因になっている。
感性ではなく理性が使われている。

強みを深く突き詰めてわかったことは、強みは科学でも芸術でもあるということだ。
つまり理性と感性の両方が必要とされる。

これは自己啓発が理性、精神世界が感性に寄っているのとはかなり異なっている。
強みは理性と感性を両方同時に必要とする。


 

私はもともと理性を生かすことの方がうまくできた。

だから強みをまとめるときには、考え方をどのような理論にすればいいか、どのようにまとめればいいかということに注目した。

最初の偉人はどちらかといえばそのようなタイプ、つまりは自然科学の科学者ようなタイプだった。実際学者でもあった。
彼の行っている方法は私にとって魅力的で、だからまずは同じようにやってみた。

ところが強みを実際に生かしている人(生かして仕事をしている人)を観察していると、どうも「何だか知らないけどうまくできるんだ」という人が少なからずいるということに気がついた。
彼らは理屈など知らなかった。ただうまくできていた。
たとえば、ただうまく人の話を聞いては感謝され、ただうまく人の髪をカットすることに長けていた。

そこで私が感性の世界の考え方を強みに取り入れてみると、これまでうまく説明のつかなかった強みに関するいろいろに、光が当たってくるのがわかった。

感性に強い人々に会った。
2人目の偉人が残したスキルを何度も経験した。
感性を高める訓練を行った。

そうして最終的にはっきりとわかったことは、理性と「同時」に感性が必要ということだった。
だからこれから見ていく「強み」はその両方に触れるようにした。


 

もちろん、と言うべきかはよくわからないが、私は東の国で死んだ2人の偉人に面識はない。
ただ彼らの残した考え方、形に大きな影響を受けただけだ。
といって彼らの考え方を広めようとは思わない。

彼らに彼らの役割や、そうして残すべき何かがあったように、私は自分ができることをやっているに過ぎない。

強みの中でできることからやる。
それが「足元よりはじめる」ということだと思う。

私は足元よりはじめるつもりで、まず強みのことを書いている。
書き終わったらその時に足元にある「できること」をやっていると思う。

その積み重ねが、東の国の偉人が築き上げたもののようになる日が来ればいいと思う。
そしてその日が来るまでに、強みを生かす素晴らしい人と一人でも多く巡り会うことができれば幸せだとも思う。

 

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