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サービスの本質

サービスはこう思われている

サービスは多くの人に、当たり前のように勘違いされている。
勘違いは立場によって変わる。

私たちはお客としてサービスに触れるとき、サービスをイコール接客だと考える。
接客が良ければサービスがいいと考える。接客が悪ければ「あそこのサービスは悪い」と友人に言いふらす。

お客ではなく事業主であれば、サービスはお客に喜んでもらうことと考えて、たとえばオマケをつけたりする。
私の知人が家族とあるラーメン屋に入ったところ、ラーメンが不味くて不味くてしょうがなかったのに、店主は小皿を一品無料で提供して「どうだ、他ではこんなにいいサービスを受けることはできないだろう」という顔をしたという。
知人は言うまでもなく「そんなことはいいから美味いラーメンを食わせてくれ」と思った。
これがサービスの誤解の2つ目である。

マーケッターや学者などの専門家や、大きな事業の関係者は、サービスを無形の商品として扱う。
単純に扱うものが商品であるか、サービスであるかという考え方をする。

これらの考え方はどれも間違いではないものの、同時に自分の立場だけから見た、サービス像の一部でしかない。

もし接客がサービスなら、喜ぶことができさえすればサービスは良いということになってしまう。
けれども実際には、水道やガス、交通機関など普段なんとも思わないのに、とても重要なサービスが私たちの身近にはある。
こういったサービスは、正確に必要なものを届けてくれるという意味で良いサービスであるに違いない。
それに水道やガスのように、接客を必要としないサービスもあるのだから、接客が良ければサービスが良いということにはならない。

オマケという考え方は少し幼稚な気もするけれども、ホスピタリティや真心こそ真のサービスだと考えているコンサルタントや実務家は意外に多い。
しかし、相手に気配りや心配りを行き届かせることができ、親切に接することがイコールサービスが良いということなら、気分を良くすればサービスが良いということになってしまう。
けれども現実には、気分を意に介さないサービスだってある。
病気になって病院にいけば苦い薬を飲まなくてはいけないかもしれないし、痛い思いをしなければならないかもしれない。
天気予報が明日は雨だと伝えて気分が悪くなっても、天気予報の価値は何も変わらないはずである。

最後に、無形の商品がサービスだとするのなら、たとえば映画は無形の商品なのか有形の商品になるのか?
それとも映画は無形で、DVDは有形になるとしたら、レンタルのDVDは無形か有形なのかということがはっきりとしなくなってしまう。
どの場合であっても、同じ映画の内容を楽しむことができるということに変わりはない。

つまり、どの立場の見方でも、サービスは頭の中で都合よく解釈されているのであって、正しいサービスの姿を説明してくれているのではないということがわかる。

私たちは、「サービスとは何か」を考えるとき、まず最初にこういった固定観念のフィルターをはずしておく必要がある

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