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サービスの本質

全ての道はローマに続く


戦争の奴隷が家内作業を行う社会システムのサービスが第一期で、古代エジプトの時代から完全な公共サービスとしての第二期に移りはじめた。
現在でも、アメリカ大統領の警護隊をシークレットサービスという呼び名で呼ぶことからも、公共サービスがまさにサービスであることを読み取ることができる。

古代ローマでは、完全に公共サービスがシステム化されていて、ローマ市民も当然の権利としてサービスを利用することができた。

「全ての道はローマに続く」という有名な言葉がある。
この言葉は、古代ローマの反映を一言で表したものだが、その言葉通り驚くべきほど道路網が整備されていた。
今から二千年以上も前に敷設された道路で、今の時代でも使われているものがある。
この道路網は、明治の日本の鉄道と同じで軍事に目的があった。

西アジアや北アフリカ、現フランスのガリア、スペインなどで、有事の際速やかに軍隊を派遣することができるように、道路網が整備され延長されていた。
軍隊が道路を使用しない平時には、一般市民、とりわけ商人がこのインフラを利用することができた。
つまり道路網整備は最初から市民のためにされたのではなく、国防という国益のために整備されていた。

軍隊は、古くから存在する公共サービスのひとつである。

古代ローマ時代のローマの軍隊は市民兵で、ローマ市民が国を守るために軍人になった。
現代では当たり前のように聞こえるかもしれないけれども、この時期ローマと戦ったアフリカ北岸のカルタゴ兵は主に傭兵だった。
傭兵という職業軍人を雇い、戦争を行うことは当時珍しいことではなく、この常識は中世まで続く。

古代ローマの市民兵は、そのシステムや役割を見ると、それが公共サービスであることがわかる。
現在のほとんどの国が持つ軍隊とほぼ同じ位置づけにある。

一方の職業軍人である傭兵は、サービスとして社会に提供されるものではなく、商売として活動する。
その傭兵の意味を指す英語(mercenary)の語源はラテン語の"merere"で、「利益を得る」という意味がある。
傭兵が市民兵と同じ軍隊でありながら、より商売であることが読み取れる。
戦うという技術と引き換えに、利益を得ることを前提にしていたといえる。

言葉でサービスと商売の違いがわかる。

上下水道の発達も同じように、国益のために公共サービスが不備を解消するために発達した。
19世紀末のヨーロッパ都市部の衛生は田舎に比べて、いや、比べることができないほど劣悪だった。
ロンドンでは汚物が窓から道に投げて捨てられ、フランスではベルサイユ宮殿ですら女性がカーテンの脇で用を足すこともあった。
このような衛生環境の下では疫病が流行る。

この問題を根本的に解決したのが下水のシステムであり、公共がこのシステムを形作った。下水道の普及率の上昇に反比例して、疫病発生率は低下した。

身近な公共事業を想像してみるとわかりやすい。
道路の敷設や橋の架設、治水、上下水道の整備などは昔から続く公共のサービスである。
事業ばかりではない。
国防を預かる軍隊、内政の安定を行う警察の組織化と運営、税の徴収も同様に長い歴史がある。

これらの公共サービスは、たとえば消費者やお客のような誰か特定の「人」に対して提供されたものではなかった。
目的は国力の増大、社会の整備にあった。
社会のシステムとして提供されてきた。

サービスは生まれながらにターゲットが「社会」であって、直接的な意味での「人」ではなかった。
よってサービスの評価基準は人々の満足感ではなく、長い間ずっと社会貢献度で測られてきた

同じように、収益性でもサービスの価値は測られなかった。
公共事業を行うといくらの利益になるかということで、サービスが決定されたことはなかった。
やはり、社会貢献度、社会のニーズとしての優先順位の高いものがサービスという形として社会に提供されてきた。

道路の敷設や上下水道の整備で、人々が「サービスが良い」「ホスピタリティに溢れている」と評価することはない。
または「儲からないのだからやめろ」という声も上がることもない。

そのような評価、または悪評があったとしても、それは公共サービスにとって参考にも問題にもならない。
サービスは本質的に社会に直接関わるものであり、個人と、個人の利益に直接関わるものと限ったものではないからである。

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