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1章 - 虎はなぜ強いのか

強みを使え。とは言えど・・・

 

「強みを使え」と、1人目の偉人は言った。

強みは「できてしまう」ことで、ストレスを感じないが充実感も薄い。
本人が「気がついていない」上に、それを「指摘しても否定する」という特徴がある。
科学的に見れば脳内のシナプスが発達した部分が司る役割のことで、周囲の人からすれば目を見張る成果を打ち出す。なのに本人にとってはごく普通の物事でしかない

それを使えという。

ところがこれがかなり難しい。

たとえば、近年では日本のビジネスシーンでもよく使われるようになってきたモデリングや80:20の法則では、強みを使うことはできない。
モデリングは既にあるものを習得するために、行動、言葉、考え方、心の在り方をそっくりそのまま取り入れる方法だが、そもそも強みは対象となる個人のオリジナルとして個別化されているので、そういったものには役に立たない。
どんなに北野武監督を真似てもヴェネツィアで賞を獲得する映画など撮れはしない。

80:20の法則は成果の80%は20%の要所(行動)が決めるという考え方だが、そもそも強みに要点などはない。
ほとんどの場合意識もせずにいきなり成果を100%出すのが強みの特徴である。
本人からすれば20%はおろか2%すら自意識がない。
そもそも自意識がほとんどないのだから、気合いや根性でどうなるものでもない。

と言って精神性や感覚、感情などはもっと役に立たない。
そもそも精神や精神世界が何なのかという話になってしまうが、精神性や感覚を使って行うものが強みではない。
強みはもう勝手にできてしまっているものなのだ。
精神性や感覚の出番はない。

感情はもっと役に立たない。
強みを発揮するときに私たちはストレスも充実感も感じない。感情の出る幕は全くない。

つまり、他人を見て取り入れる方法や、要点をつかむ方法、自分の中のエネルギーでカバーする方法や、目に見えない力に頼る方法は強みに対して力を発揮しないのだ。


 

私がいろいろなところに出かけていって、いろいろな人の強みを発掘しているときにこのことに気がついた。
そしてこう思った。

「強みは自分からはじめるしかないな」と。

強みを発揮しているごく少数の人に共通していたのは、全ての人が「自分からはじめている」ということで、しかも彼らは自分が強みを使っていることを自覚していなかった。
しかし、とにかく使っていた。

とにかく使っている人の仕事振りを見ると、最高のアートか大自然の圧倒的な雰囲気としか思えない迫力を感じることもあった。
大げさではなく本当に凄いのだ。

たとえばこんな話がある。

1978年に発表された名曲「いい日旅立ち」は、作曲家谷村新司によって作られた。谷村新司は曲と詞を作ったはいいものの、その出来栄えが今ひとつ首を傾げるものだった。
悪いとは思わないがいい曲なのかどうかがわからない。
そこで友人に電話をして、電話口で「ちょっと歌ってみるから感想を聞かせて」と言い、ギター伴奏と共に歌いはじめた。

しかし歌っているところでどうも電話先が静かになってくる。
「しまった。スベった」「やはりダメか」と思いながら最後まで歌った。

ところが相手は返事をしてくれない。

「ああダメだ」と思っていると、電話先の相手がやっと口を開いて「すごく良かった」と言った。
その言葉を発するまで泣いていて喋ることができなかったのだった。

「いい日旅立ち」を作った谷村新司とそれを聞いて感動した人とのギャップを感じてほしい。

谷村新司は「できてしまう」力を使って曲を作った。

「できてしまう」ことなので曲の持つ迫力に自覚がなかった。
強みを使っているという認識がなかった。
しかし認識はなくても強みは使われていた。

強みを使っている人は少ない。
その少ない人の中でも強みを認識して使っている人はほとんどいない。
ほとんどの人はそうとは知らずに、しかし確信を持ってそれを使っているのだ。
そして圧倒的な成果を生み出している。

 

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