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サービスの本質

安全は何よりも優先される

サービスは、「提供の約束を守る」ことが役割であるし、それがなければサービスは成り立たないけれども、サービスの提供よりも優先されることが実はひとつだけある。

それはサービスの責任でもある、安全を守るということである。

たとえば八百屋は、残留農薬が人体に悪影響を与える野菜や果物を売ってはならないし、水泳のインストラクターは溺れる生徒を無視してレッスンを続けるわけにはいかない。

鉄道会社のサービスは、サービス提供という意味では人を目的地に送り届けることだけれども、サービス上の責任という意味では、人命を損なわないということにある。
責任に対するミスは絶対に許されない。

商売は元々ミスが許される。
損なわれるのは利益か信用だけで、損害は商売をする本人と関わりのある人間関係の中に収まる。
それに、試行錯誤をしてうまくいったものを残していく方法は、昔から多くの商人が行っていることでもある。

しかしサービスは責任に対してのミスが許されない。
影響は社会的損失や失われる人命となって表れる。
損害は、直接関わりのない一般の人びとに及び、広範囲に広がる危険性がある。

鉄道がダイヤの設計ミスをすると、多くの人命を奪う大事故につながる。
国営であるか私営であるかは、サービスの責任においては何の意味も持たない。

たとえばJR東日本では首都圏三十ヶ所に地震計を配備している。
地震が起こると共に独自に測定をし、地震計が基準値を超えると、その地震計と隣り合う地震計の範囲に及ぶ線路にゆがみがないか目視で確認作業を行う。

安全が確認されるまで列車の運行は止まり、ダイヤは大幅に乱れる。
しかしこの確認作業によって二次災害は避けることができる。
どのような場合も安全が最優先される。

または、飛行機が墜落する可能性は極めて低い。
飛行機の運航ほど安全性に力を入れるサービスは他にない。
航空会社の安全運行記録は100万回に0.5回のエラーという非常に安全性の高い数値をはじき出している。
(「ウェルチの戦略ノート」ロバート・スレーター著より抜粋)

サービスとは昔から、提供の責任を1%でもミスすると致命的な損害につながる可能性があるものだった。
たとえば、ローマ帝国が道路を敷く場所を間違えたとしたら、近隣の反乱に対して迅速に対応することができなかった。

そういったことが起こらないようにするための責任とサービスとは、常に対の関係にあった。

商売を通じてサービスが提供されるようになってからは、商売にもこのサービスの責任が組み込まれるようになった。

足並みは遅いという意見もあるけれども、企業は工業が促進されたことで発生した50年代の公害病などの問題、70年代の自動車排ガス規制、90年代のフロンガスの不使用などは、サービスの責任を企業が果たさなくてはならないことを明らかにした。そして企業はその責任に応えた。

エコやリサイクルが定着しつつあることも、商売がサービスの責任を取り入れたことを証明している。
確かに責任を完全に果たすまでの時間はかかる。
問題が生まれることも少なからずある。
しかし時間がかかっても責任は果たされ、義務は取り入れられている。

このサービスの責任は、いまや企業の責任として社会的に定着した。

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