自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「やる気がある」ということ


やる気がある、という言葉は多くの場合

上手くできなかったときに使われることがあります。

物事を上手く行うことができた、成果が上がったときはほぼ必ず

「上手くできるようにやった」から成果が上がったのであって、

気持ちができる方向に高ぶって、だから上手く行った・・・なんてことではありません。

ということはやる気がある、というのは

上手くできるように組み立てる気持ちで挑むということで

そのためには頭も体も心もその他の全力も使って

何が何でもやってやる、ということです。

最後の何が何でも~があって、はじめてやる気。

頭、体、心、その他のいろいろを使ったとしても、

何が何でも~がなければ、タダの効率になります。

「気持ち」は上手くできる、成果が上がる、ために必ず必要なものではありません。

同じく、できなかったときの言い訳に使うためにあるのでもない。

気持ちは姿勢と態度を示すためにあります。

できなかったときに姿勢はあった、態度で示したというためにあるのではなく

(気持ちがある、ということが成果を出すことに結びついているわけだから)

自分はそういう生き方をしている、同じやるなら気力を込めて精一杯やるんだ!

と自分にも人にも示すために・・・・ということは、精一杯生きるためにやるわけです。

やる気・・・気力を持っている人は、独特の雰囲気を身にまといます。

できることを効率だけで考える人は、極端に言うと人間的魅力に欠ける人です。

できれば良いという態度は、気持ちがあれば良いというぐらい

人として何かが欠けていると人には見えるし、

そう見える人は、二点ワンセットの人と比べて

付き合う人も、来る話も、仕事も恋愛も、

何かが足りないものとして現実が作られていくようになります。

片方が欠落した現実を見て、人は接し方を決めたり、接する人が決まったりするからです。

こういうのをマッチングセオリーといいます。

やる気という目に見えないあいまいなものを備えていない人は、

つまりは人間的魅力に欠けている人だということです。

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