自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「二次的強み」と「逆次的強み」


二次的強みについては以前にも書いたことがあるのだけどおさらい。

まず「強み」というのはできてしまうこと。脳構造的に人より優れてできてしまう。
努力や訓練なしにいきなり人よりもできるような力のことで、誰でもいくつも持ってます。

に対して、努力と訓練でできるようになったことが「能力」
なんで努力と訓練が必要なのかというと、社会適応してうまく生きて行くため。
そもそも備わってはいなかった力を身につけることでうまくやろうとする・・・ということ。

二次的強みというのは、強みではあるんだけど
ブロックとか処世術マインドで、自分らしくない世界の方に歩いて行ってしまったとき、
そういう危なげな方向に向かって進んでいるのでやむを得ず使わざるを得ない強みのこと。

本来の自分らしく、自分を生かす道に進んでいればおそらく使っていなかっただろう強みが二次的強み。

だから、強みを生かせばうまくやって行ける・・・というのは幻想です。

二次的強みは誰でも持っているし、ある意味一生懸命生きている証でもあるのだけど、
逆次的強みは、自分のブロックを正当化して行動するために使われる強みです。

自分を正当化するために強みを使うというか。
ブロック状態を維持するために強みを利用するというか。
そんなこんなで強みを使っていれば、自分の人生はすばらしいし間違っていないと「思える」というか。

ある意味誰も反論できない究極の武器・・・いいわけ理由として強み人生を使うという感じ。

はじめにブロックと正当化ありき。
ブロックというのは自分が本当は望んでいない状態を、負の感情とともに得てしまうことだから
そのままだと自分にとっても不都合な結果になってしまう。
ので、いいわけ、正当化しなくてはならない。

が、中途半端な正当化だと自分に責任があることがばれてしまう。
これはいかん。
しかし強みを使って、ブロックではなく強みの結果として自分はこういうものを生み出したんだよ
と変換?転化?することができれば、自分は正しいじゃないか!バンザーイ!
という感じかな。

二次的強みも、逆次的強みも、自分ではほとんど気がついていないことが多く、
どちらもブロック対応している人でもなかなか気がつけない物事です。

こういうのは、自分を生かそうと考えても、自分の足を引っ張るものを外そうと考えてもムダ

自分という人の知覚構造から、なんと・・・
「自分らしく一生懸命生きてやろう」という態度を取ることで生まれてくるもの。

そこにもちろんブロックや処世術マインドが関わってくるのだけども、
構造の前提を入れ替えしなければ、本当の意味でうまく強みを使ってやって行くのは不可能です。

構造の前提入れ替えをするための一番適切な質問は、
「本気で素のまま育ったとしたら、どんな強みを使っていた?」というやつです。

人は例えば、兄弟がいるいないで、同じ遺伝子を持っているのに育ち方が変わります。
当然考え方、捉え方、ものの見方、受け取り方、出し方も変わる。
そういう環境になるべく左右されずに、どんな場合でも使っているだろう強みが、
強みの中でも中心軸となる強みです。

なんだけども、逆時的強みの厄介なのは、
構造的にそういう強みも正当化の理由にしてしまうところなんだよな。
というのが、ブロックをベースにして誤った構造が作られているケース。

ま、そんなわけで、強みを生かして自分らしくやりたいとか、
特に強み発掘家を目指す人なんかは、ここらへんを勘違いしたり見過ごすと
せっかく強みを使っているのになんだかうまくいかないんですけど?状態になり得ます。

意識的に気がついて、自分で構造を変えるという選択や決断をすることが一番大切なんだよなぁ。。。

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