自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「好き」という気持ちのワナ


好きなもの。好きな人。
「好き」は好意的に捉えられることが多い。

が、実際には「好き」の9割以上が
何か満たされないものを解消してくれる
気持ちとしての手段になっている。

過去満たされなかった想いを満たしてくれる。
諦めている世界で楽しみを与えてくれる。
寂しさを埋めてくれる。
うまく行かない現実から目をそらさせてくれる。

どれも純粋な「好き」ではない。

好きは感情ではなく「気持ち」になる。
気持ちは「感情」に「主観」をプラスしたもので
(主観ではなく個性でもいいが)
そこには思考も入るし、
思い込みが入ることもある。
「好きであった方が幸せな自分」を作ることもある。

好き化している。

主観が曲がっていると純粋に好きな気持ちも曲がる。
主観に思い込みや勘違いがあると
本当は好きでないものを好きになることがある。

例えば、好きを仕事にしている人のほとんどが
この方程式に則って行動しようとしている。

誰かを好きになることも、この方程式でなることが多い。
理想のタイプはどんなですか?のほとんどがこの方程式に当てはまる。
過去うまくいかなかった現実の反対側、
過去うまくいった人とのいいところを
今に持ち越して反映し、それを好きだと言っている。
または一緒にいた期間が長いから同情的に好きと言っている。

つまり相手のことを全然見ていない。

相手がもつ、純粋な相手を
自分が純粋に「好き」なところは何か?

それは純粋に好きだけど、
自分に必要か、量や質は足りているか?
一緒にやっていくことに関係しているかしていないか。
その好きは本当に必要か。
その好きが本当に自分の幸せに結びついているのか?

好きだからいいじゃない、といいわけしていないか。

今目の前の仕事、相手、物事の何が純粋に好きか改めてみる。
そうすれば、
そんなもの(好きなもの)ほとんどない、ということに気がつく。

好ましいものはある。
いいなと思うものもある。
うらやましいというものもあるかもしれない。
実際に好きだと思うが、必要ない・関係ないと思うものもある。

つまり純粋に好きなものはほとんどない。
そしてそれがわかっていないから・・・・
そんなことを確認して好きが少ないことが発覚すると
自分はなにか人としてダメな気がするから、
誰もその本当のところを見ようとしない。

「好き」に対する思い込みもある。

好きっていうのは・・・
ものすごく愛で、心から溢れてきて、素晴らしいもので
光り輝いて、いい感情に満たされて、きゅんきゅんして
それを手に人生を歩んでいいもので、幸せであり続けるもの!

ってどんだけハードル高いねん!

好き(でなくてはならない)に支配されていると、
相手を仕事を物事を歪んだ目で見ることになる。
つまり相手を見ない。
好きなところで満たされる自分しか見なくなる。

好きが満たされなければ怒りや恨みを覚えることもある。

自分をうまく扱っていくためには
純粋な「好き」が何か?知ることからはじめるしかない。

ひとつひとつの物事や人に、
どのような純粋な好きがあるか。
その好きはどんな特徴があるか。色形をしているか。

必要か必要ではないか。
幸せに結びつく好きか、結びつかない好きか。
強い好きか、弱い好きか。

そして、
自分の心の奥底から勝手に湧いてきて
自分の人生になくてはならない好きかどうか。

たとえそういう好きであっても、
今はもうそれほど好きではないか。
それとも永続的に好きなのか。

自分の好きが何か?知ることで
自分が何を選んでやっていく人なのか?
という自分を作ることができるようになる。

そういう意味で「好き」は
自分の正しい身の振り方を選べる自分を作るものさしになる。
好きが曲がっていると選択も曲がる。

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