自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「検証」の基本は、「問題の捉え方」に似ている


検証しない輩が多い。
これはスピリチュアルとか感覚的なことでも同じ。
検証はできる。

フィードバックについてはよく触れるけど
そもそも検証ってなに?
みたいなことを、少しだけややこしく書いてみようか。

検証の見方は、問題の捉え方に似ている。

何が問題か?を考えるとき、
見るべき視点は3つある。

それが問題なのか、実はそうではないのか
問題だと思い込んでいる、問題ではないものを省く

問題であるとして、過剰に反応していないか、過小評価していないか。
何が本来問題であるかを正しく見る

その問題が持つリスクを取るか、取らないか
問題であることが確定したらリスクを避けることはできない。
リスクは取るか取らないか、しかない。
今正しい選択は何か?

検証もこれと同じようなことが言える。

検証の対象となる物事に
情報による思い込みはないか?正確に物事を判別できているか
正確に捉えていることは何で、正確でないことは何か

正確に判別できていないことを
正確にするための
どのような取り組みをするのか

検証結果を採用するかしないか

当然正確であることが判明しない場合は採用しない。
これは問題と同じで
問題の正体がつかめないのに打てる対応はない。

物事を正確に判別できる状態にすることが
検証の定義、と言ってもいい。

その方法は簡単に3つある。

ひとつ目は全採用する。
情報通り、言われた通り、全てを優等生として守る。
その通りに行う。
その上で何が起こるかを観察する。
自分を実験台にしたりもする。
全採用して実験、検証する。

ふたつ目は放置する。
物事がどのような流れを示すのかをよく見る。
出てきた反応に対して後の先で対応する。
物事の自然さを優位にどうなるか検証する。

みっつめは情報を完璧に習得する。その後完璧に離れる。
検証するべき分野に関わる情報を
少なくとも20の角度から見れる視点を身につける。
熟練、熟達してから、その道を止める。
止めることでしか見えない検証結果がある。

方法論から入るのは何事も好ましくない。

3つの方法のどれが適切かは
物事が何か、その物事とどのように関わるか?
によって変わる。

どの検証の場合も気をつけることがある。

ひとつ目は、個別と全体を検証すること。

ふたつ目は、例外が何かを知ること。
それが全体の何%でその%がどのような意味を持つか知ること。
例えば、なくなったパンが半分戻ってきたらひとまず腹を満たせるが
いなくなった赤ん坊が半分戻ってきてもOKな結果にはならない。

みっつ目は、仮説を証明するために検証してはならないこと。
自分の説が正しいという情報を集める。
科学者でもそういうことをやる。
これが検証を台無しにする。そして多くの人がこれをやる。
客観性の名前を借りて、主観的に自己正当化する。

最後は、自己正当化された検証結果を見分けニセモノとして排除することが
どのような検証の場合にも求められ
唯一検証をする側ではなく、情報を扱う側が気をつけることになる。

ここに書いたのはあくまで最低限の基礎。
応用は自分でどーぞ。

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