自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「楽しい」と「幸せ」は違う。楽しい化マインドに気をつける。


こちらも広島のまるとの間で出た会話。コラムにしてみる。

楽しさを満喫することに、そりゃ悪いことはないと思います。
が、楽しい化している人があまりに多い。

強みも二次的強みがこれに似ているのだけども、
自分の本来求めることが手に入らないから
そんな世知辛い、うまく行かない世界でそれでもうまくやるために
楽しい化できることを見つけて励む、という図です。

楽しいことをしていれば、人生うまく行っていると錯覚できます。
だって楽しいから。
それも、閉塞感のある(マイナスの)人に比べて
自分はなんて充実して満たされているのだろうと思える。

いろいろと試しているうちに、
生きていくことは楽しいことだ!化、されてしまって
気がついたら楽しい毎日を過ごしている。
ただちょっとだけ根本的に虚無があるだけさ!!

こうなったら、
楽しい化包囲網による完璧な正当化のできあがりです。

自分の心が求める楽しいことと、
何かの諦めをカバーするために心が楽しいことにした楽しい化は違います。

たとえば本当は心が結婚したいと思っているのに
それが手に入らないという根本的諦めが優先することで
日々の趣味や仕事を充実させることで
「今特に不満はありません。むしろ上手くいっている」
とする。

上手くいっているから問題がある。

楽しい化は、ブロックであり、
自分に対する処世術でもあります。
心の求めよりも、上手くいくことを優先する態度。

大事なことは、それをわかっていることで
必ずしもやめればいいものでもないということ。

毎日充実しているから、結婚なんか興味ないというのは正当化。
(結婚を心は望んでいるとして)
毎日充実しているけども、ここに流されずに
何とか結婚できるようにしよう。できる気はしないけどやってみよう。
というのは本心をキャッチした自分に対するトライ。

ま、正直、両方あればそれで良い。

結婚しても、結婚生活とは別に日々の充実はあっていいし、
それは楽しみ化できる人の方がより良かったりもする。

楽しみ化はひとつの強みでもあるので、
(それが上手くできない人もいるわけだから)
それを正当化(二次的強み)や自分を殺す(逆次的強み)ことに使うのではなく
本当に心が望んでいるものに使う。

その過程は、例えばわかり合う気がない人に向き合うことがあるかもしれないし
決して楽なことばかりではないハズで、
(だから楽しみ化を使って逃げる)
困難があっても、心が本気で求めているのなら
そこに向かってやってみることが人生っちゅうもん、かな。
(別に困難ばかりやれと言っているのではない)

散々やって、これ以上自分には無理、限界があるとなったときに
はじめて楽しみ化で土台を固めていけばいいのだと思う。

そしてそれは、諦めではない。
自分に対する許しになる。

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