自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「特別枠」によって自分を証明しようと思ってもムダ。


例えば肩書きとか、実績(つまり過去)とか。
現実的にいうなら社長とか、○○で優勝とか、
残念なスッピリで言えばクリスタルやらインディゴやら。
さらに言えば前世王女だったとか?

お笑いぐさ。

世間や社会で、
または情報によって「これが特別ですよー」
されているもので自分を証明できる日はやってこない。

社長は200万人います。
何かで優勝した人もごまんといる。
クリスタルやらなんやらは
そういう性質の人はいつの時代の
どの国でもいる。
前世?
ここ現世ですけど?

特別枠に選ばれたことで特別あることはない。
単なる情報。

特別である必要はない・・・というのは
もっともに聞こえるけども
それは根底心理に「諦め」がある。

特別意識・・・・選民意識はいらない。
普通でもいいじゃないか!というのは
分野によってはもちろんある。
誰でもある。

ただし、誰でも自分は特別でありたいと思っている。
心から湧いてくる。
例えば誰かの特別になりたい、と思う。

特別である、ことの第一歩は
自分が持っている個性とかオリジナルを使うこと。
使っていること。

知らなくてもいいが使っていること。

知るとより良い。
が、必須ではない。

人と同じであることを考えるのが普通。
普通ではなく、何かしら
秀でているとか優れていること。
そしてただ単に違うことをうまく使うこと。

ひとまず何に、誰に使うかは問題ではない。

うまく使えるようになってきたら
それを認めてくれる人が周りにいること。

いること、であって囲うことではない。

囲いはじめるのは、そうしなければマズいからで
・・・・そうしなければ自分は認められないという
背景心理があるからで
それをやると
歴史上の独裁者や暴君がやっているのと同じことになる。

「いること」というのは、
自分を必要としてくれる人をよく観ること。
積極的に関わること。
そして、
そうじゃない人と関わるのを止めていくこと。

囲ったり選んだりするのではなく(能動)
淘汰を使う。(受動)

【関連記事】 淘汰術。

自分のオリジナルを生かし、
それを認める人が周りに集まってきたら
その全体を使って何ができるか?にトライする。

そこに一定の結果が出てはじめて
ひとつの特別が生まれる。

それはお金を稼ぐことや
プロジェクトを成功させるなどの結果の場合もあるし

幸せな家庭を築いて5年とか
子供が生まれたというような結果の場合もある。

行為行動の結果が特別である必要はない。
自分のオリジナルと
それを認める周囲を生かしたことによって
その結果を得ることができたか?
というのが特別になる。

その特別な結果を積み重ねて
ひとつの結果の形が出てきたとき

本当の意味で特別である、
といえることになる。

言わなくていいけどな。

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