自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「真の感情」と「わざわざ感じることで構築された感情」は違う


本来自分であれば、どのような環境どのような状況に陥っても必ず感じる感情というのがあります。

それは人として誰もが感じる感情というのではなくて、

自分だという自分だから、自分として必ず感じる感情のことです。

感情には一般的に正の感情と負の感情があるとされていますが、

そもそも感情は勝手に湧いてくるものなので、正も負もないということかな。

種類分けをしている学者なんかもいて、これが結構面白くて勉強になるのだけど

まぁともかく、自分であれば必ず湧いてくる感情というものがあります。

これが真の感情です。

に対して、自分が生きてきた環境や状況、状態によって感じるようになった感情というのがあります。

往々にして、いやな思いをしたので学習してしまったメンタルブロックとか、

人としてやさしい人間であらねばらなないと学習してしまったためにやさしい感情を過剰に感じるようになる・・・

・・・処世術マインドとワンセットの感情とか、

そして、育った環境に順応したためにうまれる正常な感情とか、そういうものがあります。

(説明長くなるのでいちいち書きませんが・・・)

ま、ともかく

こういうのは本来の自分が素で持っている感情ではない、ということです。

ということなんだけども、

本来の自分が持っている感情だ!と本人が錯覚していることで生まれる問題、なんていうのもあります。

そもそも感情はわかりにくいものなので、

感情という時点でもう、これが自分なんだよ!と決めつけてしまいがちです。

自分で本来なら不要なのに、なぜか作ってしまった感情に流されてしまうと、

当然のこと、自分らしい生き方でやっていくのはますます困難になります

じゃあ、「どれが本来の自分の感情で、どれが作ってしまった感情なんだ?」と出る疑問。

まぁ、区別して考えたことがないのでとてもわかりにくい。

単純にわかりやすい考え方は

「それって本当に感じたいの?」と自問してみることです。

感じなければいけないと自分で守っている感情があるのなら、それは作られた感情です。

そういう作られた感情に気がついたら、止めることです。

ただ止める。

とはいっても、何年も何回も付き合ってきた感情をスグに止めるのは難しい・・・・

・・・・という思い込みは結構はびこっているようで、

実のところ止めるというのはなかなかに簡単です。

少なくとも、自分が「止めることができるよなぁ」簡単に思える物事はまあまああったりします。

それを止めるのは極めて簡単です。

本当はそんなに必要ないのに、わざわざ感じることで構築された感情をやり続けると

その感情を感じるために(または感じないために)周囲を見張るようになってしまいます。

生き方が自分中心ではなく、自分の感情中心になってしまう。

自分の感情は自分だ!という錯覚があるから、

そこに忠実に生きていると、自分の人生を生きているという勘違いが生まれてしまいます。

真の感情が何か?ということはしっかりつかんで、

わざわざ感じることで構築された感情はなるべく捨てていく。

その上で、自分がスムーズに運ぶ進め方・・・・自分の取扱説明書を採用していくと、

物事がある意味思い通りに回りはじめます。

そこのところを間違って、ブロックを取れば素晴らしい人生になる・・・なんていう勘違いはしないことです。

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