自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「見たいもの・聞きたいこと」の枠を超えること


コラム続きます。忙しくなると書いているヒマがなくなるのでここで追い打ち。

2000年チョイ前にはユリウス・カエサル が、現代ではVさま がよく言っている・・・

「人は見たいように見、聞きたいように聞く」

だから、それを知った上でどうするか・・・・ということ。

ビジネスなんかやっていると、伝えたいことを伝えることはまるで重要ではなく、

お客の立場にある人が何を見たがり、聞きたがっているのか?ということを

十分に考える必要があります。

十分に考えて、それに合ったものを提供していく。

だから、目先のことだけをあおっていれば売れる・・・なんていう商品は山のようにある。

コミュニケーションの基本としてもよくあるのだけども、

行ったことが曲解して伝わるということ。

曲解というか、本人の中ではドストレートに正しく曲がらず受け止めているのだけども、

そもそも、自分の中にある物差しが曲がっているので

まがった基準で線を引くと結果も曲がってしまう・・・・なんていうことに陥りがち。

誰にも今まで自分が生きてきた経験と考えに基づく歴史があるから、

そしてその歴史をロールモデルにして、正しい基準とするから

その基準に合っているものを受け入れ、会わないものを否定・・・・はせず、

なかったことにしてしまう、ということ。

なかったことにするというのは、忘れてしまうということもあるけども最初から聞こえていないことが多い。

運よく耳に届いたとしても

「そういう考え方もあるよね」

で処理したり、

「ピンとこない」「イメージできない」「わからない」「納得できない」

という発言(→考え方)で封じ込めをしてしまったりする。

(こういう発言が口癖の人は気をつけた方がいいということ)

自分で自分の世界を狭くしておきながら・・・・つまり知覚の狭い世界を作っておきながら

人とうまくやっていこうとするので無限に困難が付きまとうことになる。

見たいものだけを見るとか、聞きたいことだけを聞くということをうまく克服するのに、

最初にやることは人の話を聞くということ。

人の話を聞く・・・・なんていつもやっていますが?というのは聞いているのではなくて、

音声を脳内で文字と意味に変換しているだけ。

じゃなくて、必死ぶっこいて聞くということ。

自分がその話を何も知らず、しかしものすごい重要なことを言っている・・・というときの聞き方をする。

自分の経験と脳みそでは限界があって

いつも必ず相手が言っていることをうまく理解できない

だからもう、そりゃ聞いて聞いて聞きまくるしかない・・・

という前提で人の話を聞く。

納得するために聞くんじゃなく、

理解するために聞くのでもない。

納得や理解のために聞いてしまうと、自分の知識や経験、感覚に合わせた前提で聞いてしまう

つまり聞きたいものしか聞こえなくなる。

人の話がよくよく聞けるようになったら、

人のタイプによってやることは違うのだけども、見たいもの聞きたいこと以外のことに注目してみる。

一番わかりやすくて簡単にできるのは小説を読むこと。

創造とはいえ、内的に迫る人間そのもの・・・・自分の人生では味わえない人が登場する。

できれば作家を変えていろいろと読んでみること。

ブラックもファンタジーも読む。

小説を読むもうひとつのメリットは、

自分が普段使わない単語(言葉)に接する機会を持つことができること。

違う単語や言葉の概念を自分に入れることができれば知覚枠が広がるので

見える世界そのものの幅が大きくなる。

幅が大きくなると、最初は自分の見える力聞こえる力が大きくなることに喜びを感じるのだけども

もっと大きくなると「自分に見えるもの、聞こえることには限度がある」ということが分かるようになる。

自分の限度、限界が分かるようになると

自分の見たい、聞きたいだけで進めることの小ささとか、くだらなさも同時に理解できるようになるので

知覚が広まる上に、人との接し方もおのずと変化するようになる。

見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞かない人におよそ共通しているのは、

自分の世界を固め、証明し、理論武装するため

もっと見たいものを見て、聞きたいものを聞いているということ。

だからたとえば、専門職についている人や、この道○○年なんている人に多い。

見聞する世界の情報量を増やしまくって、臨界点を超えさせることで

視野を広げることができるようになります。

そういう意味でいろいろなジャンルや分野をやってみること、知覚を広げることは大事。

なんだけども、もっと手早くシンプルにやりたいのなら

周辺視野というのをやってみること。

集中して見たり聞いたりするのではなく、もっと後ろの方から上の方から見聞きしてみる

正しいかもしれないし、間違っているかもしれない。いや、むしろどうでもいいかもしれない

そういうものの見方をいしきてきにやってみることで、ひとつの視点が身につきます。

(ただ、この見方に特化しまくるとまた偏った見たいもの聞きたいものが生まれる)

ま、そんなわけで僕なんかは個人的に、

この見たいもの、聞きたいことの枠を超える商品なんかは積極的にお金を払いたいと思うわけです。

ひとつの購買基準になっているんだな。

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