自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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「飽くなき欲求」というものがある


資質的な欲求がある。
資質というのは、備わっている個性は何か?ということで
強みなんかもこの資質に入る。

資質の最も軸であり真ん中に価値基準がある。

自分が自分である以上、
これを基準にして物事が動き世界が回る。
そこを外れれば尊厳が脅かされる、
という自分中の自分。
本来のある自分の姿そのもののこと。

何か過去トラウマがあったりブロックによって
「こうしなければならない」
「こうあるべきだ」
としているものではない。

たとえ性別や時代や国が変わっても
自分であるならこれを基準にする!というのが価値基準に成る。

ところが、トラウマもブロックもなく
価値基準ではないが価値軸に見えるものがある。

これは単なる欲求なんだが
強い欲求の中には、
それこそがその人ではないか?と思わせるものがある。

資質の真ん中には価値基準があるが
それ以外にも「強み」や「優しさ資質」がある。

強みは先天的に「できてしまう」こと。
優しさ資質は先天的に「人とつながろうとするときに心に湧いてくるもの」

価値基準ではなく、
できることや、あり方として備わっているものの中に
なんだかわからないけどこれをめっちゃ使いたい!

というものがあったりする。

トラウマやブロック基準ではもちろんなく、
それによって成功しているからつい一貫してしまうのでもなく
それをやれば人に認められるからでもなく
それをやらなければリスクがあるからでもなく

なんだか無性にある強みや、ある優しさ資質を
やらないではおられない欲求が湧いてくる。

これが飽くなき欲求である。

それをやるから自分とは言えず(自分を使っているとはいえる)
そればかりが自分の力でもない。

飽くなき欲求はそういう意味で
確実に自分を生かしてはいるのだけども
それこそが自分自身とは言えない。
自分の一部でしかない。

なぜその一部を使う欲求が次々と湧いてくるのか?

それがただ正当に湧いてくる欲求なのであれば
その欲求を使うことが自分の枠を超えるヒントになるからといえる。

枠内の自分は全部備わっている自分にすぎない。
それを超えることも自分にはできる。
だが、まだ超えたことがない。知らない。

その知らない世界に足を踏み出す、
自分にとっての具体的な方法が飽くなき欲求の発動になる。

知覚のない世界に、知覚を進め
結論のない世界に結論を見出すための手段となる。

自分の枠を超える自分にチャレンジするとき
飽くなき欲求というのが価値基準とは関係なしに生まれる。

【自分の枠を超えるエネルギーワーク】
【遠隔セッション】四門四神

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