自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【フェイスブックコラム集】その後もうまくいかない人


技術で身を立てる目的が二次。
必要な技術を得ておくのが一次。
必要な技術も必要ない技術も身につけて駆使し大げさなのが逆次。

通常、技術先攻の二次よりも一次の方が出足が遅い。
人気になるのが遅く、成果が出るのが遅い。

年に数度ある稲垣 佳美さんとのやりとり。

オレ「~だから、こうした方がいい」
443「あーなるほどね。わかった。~する」

逆版。
443「理由とか知らなくていいから~って決めて」
オレ「わかった。決めた」

ほぼいつもこんな感じで終わる。
もちろん本質フェチだから、理屈がどうなっているかトークすることはある。
だが全部一次でできてるものだけな。

自分を一次で運ぶ物事が目の前に来た時に、
上のやりとり以外の発
言も、考えも、感情もいらない。
ただうまく自分を運ぶだけ。

最近【逆次】に関する投稿とかトークが流行っている(本当はほとんど二次)。
そんなのとは関係なく自分への気づきがあることもあると思う。

「何がそうだったのかわかった」
「あのときのアレはそういうことだったのか」
「本当だ、そういうやり方で来ているガーン」
「これが自分のパターンだとわかった」
「でも、自分なりにこれまでうまく行くようにやってきた」

こういう気づきがある人のほとんど全てが【その後もうまくいかない人】であることに
誰も気がついていないことにものすごい疑問を
覚える。

もうちょっと言うと、
こういうことを頭の中で考えている人や発言
する人が、
既に二次の可能性が高く、場合によっては逆次であるこ
とに
「全然気がついていない」ことに驚きを覚える。

自分が【次やるべきこと】【本来あるべき姿】が目の前に現れたときに
それを大切にする人は必ず「それでいこう」「どうやろう」「まずはこれ」と
【できること】を必ず考えているはずで、それは時系列でいうと未来になる。

上の「」のトークは全部【過去】。
過去の自分がどうだったか。過去なぜそうなったか。
過去それでも努力したことは何か。
リクツの筋道がどのようにつながるか理論でわかったからだいじょうぶ!てのも過去。

今これからの話をしているときに、
今までのことに想いを巡らせているのは【悪余裕】。

今までうまくいかなかった。
これからはうまくいこう、というときに考えるべきは

「なぜ今までうまくいかなかったのか?」ではなく
「もう、すぐ、今にでもうまくいくには?」であるはず。

過去のできなかった自分に哀愁を漂わせる余裕があるのは二次。
過去に対して筋道を立て理解や感情の解消をして自分をだいじょうぶにするのは逆次。

どちらも自分を改める気がない。

二次は改められない。そんなこと言ってもできないんだもん。
苦し
いんだもん。怖いんだもん。
逆次は全部わかってる。自分はだいじょうぶ。
できているところも
あるし。徐々に良くなってるし。
・・・・・・と理由をつけてどちらも現状維持をする。

未来を見ない。
既にできる自分を作らない。

ブログやFBにながながとこれまでのことを書いたり、
理論の筋道が通ったことを書いたり、
理解が促進されたことを書いたり、
そうは言っても苦しいんだと言ったり、苦しかったんだと発露したり、

「でももう自分はだいじょうぶ気付いたのだから」とイタイことを書いたり、

そういうのは全部公開することで自己満を満たし、
「ほぉら、自分はこんなにだいじょうぶなんだから認めてよ」の現れです。

なぜなら「今、すぐ、もう、そうである」という人に
そんなことを書く暇がないから。

いや、順を追って説明して、もうできていることを示すとか
順番に何があったのか読まれるために書くとか、
そういうのは「もうできてる人」に本当の余裕があるからいい。

もう終わったことだからめっさ書けるわ~みたいな。

そうじゃない【悪余裕】は見苦しい。
二次や逆次はもうだいじょうぶ、と言うその態度が二次、逆次。
一刻も早く気がつき、瞬時に修正してほしい。

ということは、
「愛の関係の決断」ができているが「愛の行為」を
諦めている二次と(友達夫婦的な)
「愛の行為」はできているが「愛の関係の決断」に諦めがある逆次(相手が入れ替わり立ち替わる的な)
があるんだな。例はあくまで一例な。

あ、ここで言ってる愛はラブ限定。男女の関係。

一次も逆次も、自分を十分に生かしている。

この解説に加え、さらにイメージが精神を動かして具現化するには
幾つかのポイントがある。
イメージだけでは不十分で、さらにイメージ内容によっては不十分。
 
 

 

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