自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

HOME / コラムを読む

【フェイスブックコラム集】人生で自分が好きで、うまく一致する人をみつけてナンボ


 

あくまでオレの場合かもしれんが。

オレはオレの嫌いな人とうまくやろうとする気はない。
嫌いというか、なんかウザイ人と仲良くする気もない。
距離は遠くする。
ま、でもこれは感情や気持ちも入ることなんだが、マイナスの方はそうだってこと。
気に障る人と距離を取るのは得意だ。
距離調整によってうまくいくということはよくあるので、
気持ちによって遠ざけたり近づけたりってのはいい方法・・・というか、
誰でも自然に無意識にやってることだと思う。

 好きな方はどうか?というと、さほど距離が近いわけでもない。
これは距離ではなく自分の条件によって決めている。
自分は(少なくとも今は)こういう人間なので
それがぴったりハマる人とは近い距離にいようと思う。
例えばオレは真っ正面から向き合ったときに、
真っ正面から向き合う人が好きというか、
当然だと思っているところがあるのでそういう人とは必然的に仲良くなり、近づく。
ただし、向き合っていればそれでいいのかというとそうでもなく、
「既に」できているかどうか?もポイントになる。
例えば既に売れている、ビジネスで向き合う人の方が、
全く売れていないビジネスに向き合う人よりも密度が高くなる。

オレは人生で自分が好きで、うまく一致する人をみつけてナンボと思っていて、
合わない人に合わせる努力などする気はないし、
誰もがそうやればいいとすら思っているので、人から嫌われても何とも思わない。
合わなかったね、んでもってアンタがオレを嫌いなのはアンタの問題でオレは関係ないと思っているので、そんなことはいちいちどうでもいい。
 仲の良い人が仲良くなくなることもあるよな。
その時も、距離のは仮間違えをしていたか、
そういう風になってきた、そういうこともあるわな、と思う。
これは寂しい考え方ではなく、なぜならオレはいつも誰が一緒にいてくれるか?に注目しているので、離れるとか去る人が一部出てきてもそういうもんだとして受け入れができるわけだ。
自分と合う人と積極的に自分の周りで固めていなければもちろんそんなことは思えないと思う。
逆に考えれば、そういう努力をしないから人が去ることに過剰反応するんじゃないの?

オレの中には白やすきと黒やすきがいる。

 白やすきは、相手がどうあれ何かの縁があればいつでも抱きしめて側におり、
できることを全部やり、少なくとも相手を認め尊厳を尊重する。
セクシャリティ関係ないので前は女子にも全然やってたけど、
誤解を生むというよりは、それをする価値がない人もたくさんいるので止めた。
白やすきを誰にでもやると自分の消耗が激しい。
大事な人は自分で決めるし、大事な人にどこまで白を発揮するかも自分で決める。
やるときは徹底的にやるのだ。ま、そうはいっても犬やネコにやることの方が多い。

 黒やすきは、自分の責任は自分にあると思っているので、
自分で自分のケツふけやと思っている。
そのかわり、自分のケツふくフリして正当化していたりごまかし人生やってるヤツは決して認めない。
なんならあいつはニセモノだ~!!しねーと言いふらす。
白の抱きしめや一緒にいることはしなくても、
目の前に出てきたら厳しいことも優しいこともいっしょくたにやる。
めんどいとやらないこともある。
どっちにしてもそれは自分でやることなので、自分でやれや、と思う。
そして自分で自分を生かしている人を尊敬し、認め、愛する。そうじゃないクズは全否定する。

この白黒の両方にうまく一致する人とは仲良くなれ、一致しない人とはいい距離になる。
または切る。
オレの黒は結構強烈なので、軽蔑している人への切り方は凄まじい(らしい)。
ラインもFBも何もかも全部ブロック。さらば永遠(とわ)に、である。
一致している人をもっと見つけ、もっと仲良くなり、もっと長い間一緒にいる。
いようとする。
その努力はいつまでも止めない。それがオレ的人との関わり方である。
他人がそれを採用しようがすまいがどうとも思わないが、
そうじゃない基準で自ら苦しもうとしている人はアホだと思うし、止めればいいのになとも思う。

トップに戻るボタン