自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【フェイスブックコラム集】愛はそこらへんに転がっている


愛愛言うやつほど全然愛のことわかってないし、
自分の理想を人に押し付けるわな。
本質的に「愛」って一体何なのか?
本当に大事なことなのであれば何年も何十年もかけて知り、取り組めよ。
いざという時の軽い愛をもっともらしく言われることにものすごい嫌悪感を覚えるわ。

ちなみに逆次は愛について話すことが多く、
しかし自分が愛されることを根本から諦めており、
二次はここぞという時に無理解な愛を語り、
だが自分が愛することは根本から諦めている。

愛をごもっともに受け取りたい幻想が蔓延してるから、
そのじょうほうびょうにやられる。
愛はそこらへんに転がっている、簡単すぎることだ。
が、その積み重ねと一致は簡単ではない。
あとは数十年かけて本質を知ってほしいものだな。

稲垣 佳美さんに影響受けたか言葉の一つが「それ、本当に~~?」

それそこまで驚く必要ある?(あんたの心は本当に驚きた痛いのか?)
それ言う必要ある?(わざわざ自分を本当に不利にしたいのか?)
そんなことするために生まれてきたんじゃない(それ本当にやる必要あんの?)

今、オレが思うのは2次に対してなんだけど、浅くて諦めて自分をダメにしてるヤツに・・・
本当に腹立てたいのか?
本当に救ってやりたいか?
本当に一次になって欲しいと思うのか?
本当にそこから気がついたことを投稿やコラムにしたいか?

本当に、を考えるとき
ずっとそれでやってきたからとか、実績があるからとか、
だから心がそのモードになってるとかは一切関係ない。
それはただの制約条件でしかない。

自分の価値基準に適っているか?も、実は違う。
価値基準に適っていても、別にいらないものはある。

本当に必要かどうか、心が求めているかどうかは、
「もしそれがなかったり、やらなかったりしたとして、
少しでも大きくでも後悔が湧いてくるか?こないか?」
という、制約的、消極的な質問をする。

大抵のことは、人生に別になくてもいいという答えになる。
または、やった方が「やらない方が実は良かった」と後悔することになる。

比較ができないことと、これで良かったと思いたいので、なかなかここに気がつけない。

やらなくていいことはやらなくていい。そして、
「やった方がいいこと」もやらなくていい。
やるべきこと、なされるべきこと、あるべきこと、だけに注目する。

この習慣はものすごくうまくいっている一次の人でもあまり持っていない。

前提に「上手くいく」ということがある時点で、可能性は死んだ。

この前提は「上手くいく」と言った時点で「うまくいかない」ことが
内包されているということではない。
本当に「上手くいく」という前提だけがある場合にも【可能性】は死ぬ。
「うまくいく」も「うまくいかない」も【ない】世界がある。
それが自分は何か?ということを知らなければならない。
 
知っている者が自分と自分の人生を切り開く者で、一次の生き方をしている者になる。
http://ameblo.jp/ym11/entry-11948200314.html

逆次は、自分の一次も逆次に使う。
一次だ!と正当化に使える逆次。
見分けるのは至難のワザ。

二次はブロックに翻弄される人生。
逆次はブロックを全否定する人生。

一次はブロックが中心に来ない人生。

【子育てについて】

セックスは誰でもできる。
子供を産むということも多くの人ができている。
下手でも自分なりの子育てもほとんどの人ができる。

ほとんどの人ができていないのは、子供を1人の人間として尊重し、
尊重するからこそ、自分も他人も尊厳が守られなければならないとすることだ。

ほとんどの場合で、
産んだことの凄さや苦しみ、
子育ては大変だけど頑張ったし、自分には自分のやり方がある、
というような【自分勝手】が子供と関わる基準になっている。

子供を1人の人間として尊重し、しかし
子供も親もその他の人も、尊厳を守ることを基準にしていないのなら、
どの子育ても失敗だし、うまくいっていると思えるのなら運が良かったということか、
子供がよっぽどできた人間かのどちらかだ。

子供を育てる話をしているのではない。子供を育てるあんたの話をしている。

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