自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【フェイスブックコラム集】成功系のことを「成果系」と呼ぶ人がいるが


成功系のことを「成果系」と呼ぶ人が少なからずいるけど、
オレは一度も成果系と言ったことはないんだわ。
細かいことは別にどっちでもいいわ、と思って言ってこなかったんだけど、
なんだか無意識に広がっていそうな感じがあるので、ここで説明しておこうと思う。

成功系に対するのが幸せ系。
「幸せ系」は【今】を見たとき、過去から今現在を肯定できるかどうか?
それを自分のものとしてよしとできるかどうか?…という視点を持つ。

紆余曲折や辛い時期があっても、その結果今の自分があり、
その自分は(特に今は)すごくいい!良し!!とできるのが幸せ系の考え方。
ついでに言うと「幸せ」という物事もここに深く関わる。

に対して、「成功系」は【今】を見たとき、
それがどういう未来につながる今になっているか?からはじまる。
幸せ系が過去から今の時系列なのに対して、成功系は今から未来の時系列になる。
まだない未来への今なので、その未来を自分にとって素晴らしいものとして手に入れる、
作り出すことが成功系の考え方になる。
ついでに言うと「成功」のという物事もここに深く関わる。

幸せが、過去から未来の【結果】である今をよしとする。
成功は今から未来に向けて自分のための【結果】を生み出す。
幸せ系と成功系で違うのは、過去の【結果】はどの結果も現在肯定の材料になるが、
未来の【結果】には、それが自分の人生を理想通りにするものと、
そうではないもの、全然関係ないもの、という3つの結果がある。

この3つの結果はどれも、今から未来を作る結果なので、
全て成された結果…つまり「成果」になる。
成果には成功につながるものとそうでないものがあるから、
成果を出しても、たくさん出しても、成功に繋がらないのであれば、
成功系としては失敗したことになる。

だから、少なくともオレ自身は成功系のことを成果系とは言わない。

成功という言葉は、古代中国で功を成した物事から作られている。
功というのは国や政治に対する個人の功なんだが、
オレが成功系という言葉を使うときは、自分の人生(という長いルート)に対して
必要な成果を導き出したもの、という見方をしている。
自分自身への功、と言ってもいい。

だから、長いこれからの人生で自分の成功に導かない成果は、
たとえそれが人から賞賛されても、自分で自分を認めることができたとしても、
成功でも成功系でもないと考えている。

「ラブ」と「幸せ」を混同すると失敗する。分けて考える。
どちらの方がより手に入りやすいかは、これは決まっているんだが「幸せ」の方である。
だからまず幸せからスタートする。


「ラブ」は・・・あ、ここで言うラブは広い愛ではなく男女間のこ
となんだが・・・
ラブは相手を必要とする。自分と相手と関係と3
つを上手く運ぶ必要がある。
「幸せ」は今を良しとできる自分にある。状況や関わりはあると思う。
だが、それが自分で良いとできるものを選択しているか?とい
うことであって、
考えることは「自分」だけになる。

たくさん考えることと、ひとつだけかんがえることでは、
ひとつだ
け考える方がよほど簡単にできる。
むしろ、ひとつだけ考えること
ができず、
たくさん考えることに取り組んでも上手くできるわけは
ない。

だから、自分の「より」幸せなものが何なのか?を知っておく必要がある。
現状を良しとできるだけのことが幸せなら、認識を「これでいい」とするだけで終わる。
それは現状肯定であって幸せでは
ない。

異性に関することも、現在相手がいないのなら、
その上で「異性に
関して今ベストな幸せ」ってどういうことだろう?と考えてみる。

付き合いたい、彼氏がほしいというのは今の不足に対する欲求や希
望なので、
それは自分を不幸にする。幸せではない。
欲求に流され
ず彼氏を作ろうとするのは「成功」であって「幸せ」ではない。

今ひとりだけど、周囲の異性とこんな風に付き合えている。
この人
とはお付き合いはしないが、メシやお茶に行ける関係ができて嬉しい。
この人とは仕事の会話がものすごく弾むからいてくれてよかっ
た。
今あるこの幸せをもっと伸ばすためにはどうしたらいいだろう?と考える。

まずは現状に対する自分の幸せを伸ばす。結婚していても同じ。
そして【自分の幸せというのはこういう感じなんだな】ということがわかってきたら、
それを軸としてその幸せに踏み込める人を探し
はじめる。
既に相手がいる人は、その自分の幸せをよりプッシュできるポイントをもっと強化する。
お願いしたり頼ったり甘えたりする。

自分の幸せはこんな感じなんだ~というのは、物事を限定するんじゃなくて、
自分のあり方を知っておく。だから狭いのではなく、柔
軟に対応もできる。
柔軟な幸せ要素が通用することと、柔軟にはできませんムリ!ということを知っておく。
ラブはそこに合わせる。

一方広い意味での「愛」は幸せとは関係なくある。
既に周囲の多く
の人が部分的に、全体的に自分を愛してくれている。
その中で幸せ
と結びついているものはもっと強めていく。
幸せと愛が結びついているものの中で、ラブに発展できるものがいくつかある。
そのいくつかをほぼ全部トライする。

浮気とかいう意味ではなく、社会的なモラルを守ってもいいから、
その人と自分と
の間で培えるラブの許容最大値までトライする。

ラブは幸せ系ではなく、成功系なのでこういうやり方をする。
成功しなくても幸せでよい、という考え方もあるので無理にしなくてもいい。
ただし、幸せだから成功はいらないと言うのは「諦め」
なので、
自分で自分のために努力する必要がある。
モラル優位なんてのは人が決めたことなので問題外。

ここで書いているラブは「数」だけど、もちろん一番大事な人との「深さ」もあるし、
どの相手ともの「回数」もある。この3つを強
めていくことがラブにトライしていることになる。

ちなみに。
これをお金に置き換えると、売上を上げるにはお客の「数」「価格(質)」リピートしてもらう「回数」という3つの条件と当てはまる。

特にスピ系とか健康系のヤツ、イライラするのは、
検証もしていないリクツを自分の中でバイブルみたいにして
「これはこういうことなんだよ」とご丁寧に教えてやる…くれることがあるんだがな。

こっちはその理論も他の理論も矛盾も本質も知っている上に、
自分を使って実験と検証して、その上で発言するかしないか、
まだ十分かそうでないか検討するんだが、
そういうオレを理解している人が少なすぎてうんざりする。

異性にこの子いいなと思っても、
そういうことがあると百年の恋も一気に覚めるな。(オレの場合100秒ぐらいだけど)

いちいち否定したりしないし、
はっきり言ってレベルが低すぎて理解できるとも思えないので、説明もしない。

オレにとって人間関係は「理解」がすごく重要で(共感や承認ではない)、
それができない…ならまだしも、
どこかきら拾ってきた情報をすっからかんの頭で「これは本物!」として、
人に(オレに)最もらしく教えてくるアフォーに問いたい。

「オレがその内容のことを今まで知らず、考えず、
他の可能性を情報、知識で 調べて、
あり得るものとないものに分類し、実験と検証し、考え、直感し、保留にし、
本当のこととそうじゃないことを慎重にわけ、
言えることを言い、言わな くていいことと、
まだ言えると確定していないことを言わない…という、
オレをそういう人間だと見ていないということかな?」と。

無能はいい。どちらかというと好きだ。
だが低脳はシネと思う。
オレは自分にとってどの「理解」をされることが必要であるか、
それがどの信頼を生み出すか?を、自分のこととして知っている。

理解ぎ重要でない人もいるだろう。
人によって価値の基準が違う。
だがそれに反したことをやるということが、
つまり地雷を踏むということで、地雷をよく踏むということは
「自分の世界を人に当てはめて強要し、相手のこと、相手の価値を見ていない」ということだ。

少なくとも、相手には相手の世界と価値があり、
それは誰からも尊重されるべきだ。
自分自身で尊重していなければ
うまく生きれるわけがないから必ず変えなければならず、
人から尊重されなければ人間関係を切り、
人から貶められたら自分を守る戦いに踏み出さなければならない。

このまなの受けた発言は、アホくさっで済ませることのできる、
よくあるくだらないことだが、
オレはその背景とか奥に、ここに書いたような意味があると思ってる。

クズは草に生まれれば良かったのに。
人間に生まれた方が良かったやつがかわいそうだ。

「痛み」も生きている実感を感じさせる。
痛みを取ること、避けることに力入れまくってるのは逆次の可能性が高い。

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