自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【人気再アップ】「学ぶのが得意な人」と「教わるのが得意な人」がいる


ながらく強みに関してのことなどを伝えてきているけども
個性をそのまま受け入れることが自分を行かすことにつながる。

で、今回は
学習と習得について。

単純に分けて
学ぶのが得意な人
教わるのが得意な人がいる。

学ぶのが得意な人は自己啓発的に
自分にとって必要な情報や知識を得る。
得に行く場合と、
勝手に得られる場合がある。

自分が今何が必要で、
何を習得するべきかを知っており
少なからず、
不要なものは文字を見ても話を聞いても
全く残らないような無意識の調整も働く場合がある。

教えてもらっても何も覚えられず
教える人の未熟さを察知すると軽蔑する。

学ぶべきことを知らない人がアホに見え
多くの場合既存の情報やスキルを軽視する。
または既存の情報やスキルから本質を見いだそうとする。

教わるのが得意な人は良い師匠に恵まれる。
自発的な学びではなく
師匠の質によって学びの効果が変わる。

自分では知り得ない物事や知識を
師匠の人柄と頭脳から自分にダウンロードすることに長けている。

教わるのが得意な人は
褒めて伸ばされる人もいれば
欠点を指摘されて伸ばされる人もいる。
特性がある。
学ぶのが得意な人はここに関係しない。

何から教わるべきかを見抜く目があり
そういう意味で情報の取捨選択に長けている。
反面
教わったソース以外の物事を軽視する傾向もある。
また
教わったことから抜け出せない限界を作る人もいる。

学ぶのが得意な人
教わるのが得意な人がいるということは、

学ばせるのが得意な人
教えるのが得意な人がいる。

学ぶのが得意な人は学ばせるのが得意な人に、
教わるのが得意な人は教えるのが得意な人に、
それぞれ巡り会う必要がある。
でなければ才能の芽は摘まれる。

そして同時に自分をより生かすためには
自分が
学ばせる方が得意なのか
教える方が得意なのか
自分の特徴を知り、自分に合った方を使わなければならない。

学習の成果は知識の習得ではなく
情報の駆使でもなく
得たものを知恵に変換して自分に使うことにある。

学ぶのが得意でも、
教わるのが得意でも
それで終わるのなら時間だけをムダにしたと思った方がいい。

そしてそもそも自分に適用する気がなく
自分に適用できそうもないものを学んだり教わったりするなら
人生そのものをムダにしている。

学びも、教わりも
自分で自分の必要な物を選ぶ決断が必要になる。
それ以外の学び、教わりは全部ムダである。

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