自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【人気再アップ】コラムを書いて伝えるということ


話すのが得意な人は話せばいい。
が、書くのが得意な人は書いて表せばいいと思う。

雑誌に投稿とか、
ブログじゃなくてもポータルのHPに寄稿したり
世の中ってコラムが溢れている。

一般に向けてのコラム・・・文章は、
読者のみなさんにウケるように書かれていることが多く

逆に、

特にブログやFBは自己満文章で誰からも読まれないことが多い。

一般は自分を失い「みんな」に迎合しているし
自己満は読み手を無視して自分に溺れている。

どっちも駄文でしかない。
(だから雑誌や本にいい内容はない。売れる内容→読み手の感情訴求する内容だけがある)

コラムは自分の真実を表さなければならない。

読み手から支持してもらうために書くのではなく
自分の思い込みを感情に乗せて発するのでもなく
自分だけが知っている真実が何か?ということ
自分の言葉や、自分の文や、自分の書き方で出していく。

文章が上手い必要はなく、
正しい文を書く必要もない。

読まれることがあるかもしれないし
読まれないことがあるかもしれない。
ただ、
読み手のことは少しばかり考えはする。

真実というのは、世界観の中にある。

世界観はほとんどの人がもっている共通認識もあれば
自分や少数の人だけがたどり着けるポイントもある。

そして、世界観の何かに興味を示し重要視するいともいれば
それは自分には関係ない、興味も重視もしない、ということもある。

自分がたどり着ける重要な物事を文章にする。
それがコラムになる。

世界の共通認識は、そうやってたどり着ける人が開拓し
それを共通の物事として成り立ち発展する。

大事な物事で消え去ってしまうものもある。
採用不採用は時代や社会背景によって異なる。
必ずしもいいものや、真実が残るわけではない。

真実はひとつではないし
重要なこともひとつではない。
コラムもひとつではない。

ということは、ひとりの人がいくつもの真実をたくさんのコラムにすることができる。

そのなかのいくつかが採用となり
別のいくつかが不採用となる。

採用されたものの中のいくつかが
より多くの人の心を、より深く握りしめる。

【例】植物は世界のことなど考えない、と花の関係

最も採用されたものが、
最も重要ではなく
最も真実に近いわけではない。

そのうち数が多くなってくると、
何が本当の真実であるか浮き彫りになってくると共に、

数が大きすぎるようになってくると
混在無限になっている体系ができてくる。

言い表し、重要で、真実であることは
もはやひとつとか、簡単には説明できなくなり
必ずシンプルでは表現できない物事になる。

複雑さを手に入れたとき、コラムは別の何かに昇華している。

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