自分の強みを明らかにする松原靖樹のエスモーズ理論

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【人気再アップ】スピリチュアルの本質01 全ての力は自分のためにある

スピ能力強制UP講座の内容に関わることを順番にコラムに。
こちらとは別口です。
スピリチュアル・リアリズム養成講座00
 

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力の本質は自分


スピ能力を扱う人が最も間違えているのは
その力を最初から人のために使おうとするところにある。

これは力の本質から外れている。

スピの力も、他の基本的な力(五感、読み書きなど)
他の特殊な力(強み、スキルの駆使など)と同じで
自分を有利に運ぶための自分の力として存在する。

ところが多くのスピ能力者は、
その力を持っていることの不便の経験はよく知っていても
効果的に自分に使ったことがほとんどない。

力の使い方、もとい使い方の前提を誤っている。

力はダイレクトに使う


力は自分がうまく運ぶためにある。それ以外の理由はない。
なぜなら、
自分を上手く運んでいるならその力は最初から必要ないということになるし
自分を上手く運んでいるなら力があっても出さなくてもいいからだ。

力持ちがいつでも重いものを持つとは限らない。

力を自分のために使うには順番がある。

まず、その力がダイレクトに自分に役立つように使う。
次に、その力がワンステップで自分に役立つように使う。
次に、その力がツーステップで自分に役立つように使う。
以下同じようにつづく・・・。

ダイレクトにというのは、例えば
ヒーリングが得意なので体に違和感を感じたらすぐに治せる、というような感じ。

「ステップがある」というのは、
設定やワークによってもっと稼げるようにする。
そうするとお金が入ってくる。
お金が入ってきたら好きなものが買える。
・・・・という感じ。

まどろっこしい。

スピ能力を垂れ流し自己満だけのために使っている


使っても満たされない力の使い方は不毛に終わる。

例えば、誰かのためにその人が向上するために
自分の超(スピ)能力を使う。
自分はやったぞ!という満足感が得られる。
だが能力で相手を左右することはできない。スピに限らない。

相手がよくなろうが悪くなろうが、それは相手の決断によるもので
自分の能力はあってもなくてもその人は落ち着くべき方向に落ち着く。

得られたのは自己満だけになる。

なぜ自己満を得なくてはならないのかというと
自分にブロックなりの問題があるからで
その問題を解消するために自分の力を使うならいいが、

自己満を得るための使い方になっているということは
満足や解消できる日は決してやってこないので
その力を垂れ流して終わりのないループに使うことになる。

もちろん「人の役に立っている」とか「人の喜ぶ顔が見たい」とか
正当化の理由はてんこ盛り用意される。

力の使い方がヘタクソすぎる。

人のため、という幻想


スピリチュアルの世界でだけ、
力を自分のために使うことに誰も取り組まないし
教える人もいない。

力の本質から外れていることを平然と正しいことにしている。

武道の世界でも、芸術の世界でも、商売の世界でも
潮干狩りでも、パラグライダーでも、ジグソーパズルでも
力は全て自分のために使われる。

マイナスを回避する物事は、最初から「人のため」が組み込まれている
・・・・・という見方もあると思う。

医者、弁護士などが自分のために医療や弁護することはない・・・
というのもひとつの考え方としてある。
だが、

こういう仕事に就く人が、スピのように人のためにそれをやるか?
あるいは、自分の力を誇示したり、相手が知らないのをいいことに自己満を得るか。
そしてお金に困ることがないと保証されるなら
その仕事をやり続けるだろうか?

自分への使い方 基礎の基礎


スピ能力の自分への使い方は
能力者のもつ力の違いよって変わる。

だが、ほとんどのスピ能力が(自分のために使うとしても)マイナスの回避に使われている。
その代表的なのがヒーリングで、
これほどおかしい現実があることに疑問を持たなければならない。

自分のために使うということは、
わかる力や、流れを良くする力、予知する力などを駆使して
今の自分がもっと自分を発揮して良い結果を得るために使うことができる。

力の本質にも適合している。

だが、最初から癒しの必要な疲れた自分を(他人でもいいが)
普通の状態に戻すことが素晴らしいことだとされている。

よく考えるべきだが、
自分らしくうまく行っていると疲れ、呪われ、疲弊することはない。
たとえそういうものがやってきても全く問題にならない。

ということを、誰でも経験したことがあるはずだ。

自分らしく上手くいくことが最大のヒーリングであり
癒しを手にしている自分をうまく運べているということで
癒しが必要な人(自分)に癒しを提供するのは
何段も劣っていることを告白しているのと変わらない。

力は必ずうまく行くためだけに使う。

自分がダメダメなのに人にやることの本当の問題は何か?


自分に軸がない人や、自分はブロックバリバリの人が
エネルギーワークをやることが問題になるのは
つまりはここの前提が間違っているからで

なぜ前提が間違っているかというと
自分自身がマイナス作用の世界で生きているからで
(ということはマイナス克服のワークを行う)

なぜマイナスの世界で生きているかというと
軸がなく自分の人生を生きていないからで

そういう人が力を使っていいのか?が問われるから
エネルギーワークをやっていることが問題になる。
(自分はできてないくせに、人になんてね~・・・という浅い理由ではない)

歴史をよく見ればすぐにわかることだけど
力は心ない人に濫用されて、本人だけではなく他人にも被害を生み出している。

誰も「よしこの力で被害を出してやるぜ」とは思わない。
正しい理由によって、信じて、強い意志で力を使い
様々なものを破壊する。

正しい理由と信じることと強い意志は、いつの時代も
自分の軸や人生ではなく、外の世界のものであるときに
力の濫用が起こる。人が不幸になる。

今スピ能力を扱う人が行っているのがそれだ。
人格はないのに力を使って自己満を満たそうとし、人を巻き込んでいる。

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