林は審判はしない。だが考えることはできる。
通常人は何かしら不都合や不備、不安や不安定さを持っている。それでもなんとなく一生懸命生きた後、死ぬ直前にそれでもいい人生だったということを見つけようとする。だがそこで自分の人生にケチをつけるか、これで良かったのだ、とするかは人による。死ぬ間際ぐらい肯定しても良さそうなものだが、それをしないのもまた人間らしいに違いない。
だから人生を肯定してきて、最後にそれをひっくり返されるような野間良枝のようなケースは珍しい。野間良枝が最後に自分の人生を肯定するか否定(疑問)するかは彼女自身が決める。決めるまでは死ぬまでの感覚時間が延びる。物理的には5分の時間が決まりきるまで1000年でも2000年でもかかってしまう。例外はない。
ただ、と林は思う。野間良枝の場合はどちらを選ぶのか。そしてどちらが本当は正しいのか、自分にはわからない、と。
林のスーツは彼が気づかないうちに白と黒の割合が1対1のグレーカラーになっている。林にわかることは、野間良枝は数分か数千年かは別として自分の人生に審判を下すのに時間がかかるだろう、ということだけだ。
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